ライフ・イズ・ライク・クルージング


※ちょっとだけ注意※
・バーナビー・ブルックスJr.くんのお誕生日を記念したライアン夢です
・goldrushed!の番外編的な位置づけ(ですが未読でも問題ありません)
・ライアンが海の向こうに行かずそのままアポロンに居ます
・みんな不憫

ご了承頂けましたら、どうぞ。

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アポロンメディアヒーロー事業部のオフィスの一角。
様々な書類や雑誌、その他明らかに業務に必要ないと思われる私物が塔のように重なり合っている、お世辞にも整理整頓ができているとは言えない自身のデスクに向かったライアンは、腕を組み静かに思案をしていた。

目の前には淡いピンク色の上品な紙袋が一つ。
『それ』はあまりこの場に馴染んでいるとは言えず、小さいながらに妙な存在感を放っている。

ライアンは『それ』に穴が空くほどに鋭い視線を送るが、やがて外で吹く爽やかな秋風とは対照的に重苦しいため息を吐き、隣のデスクで熱心に書類に目を通し続ける自分の元相棒、バーナビーに移した。

バーナビーはすっかりその作業に集中している様子で、ライアンが送る視線には気づいていない。
よくも面白くも何ともない、ただの紙ぺらにそこまで夢中になれるものだ。
相変わらず絵に描いたように真面目な男である、とライアンは密かに思った。
しかし今のライアンには、何か集中できることがあるという事実すら羨望の対象となる。

(――自分は一体、何をしているのだろう。)

ライアンは眉根を寄せ小さく呻き声を上げながら、そのまま力なくデスクに突っ伏した。

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「これ、今日バーナビーさんに渡しておいて」

楽天的でマイペース。そんなライアンをここまで悩ませるきっかけとなったのは他でもない、今朝家を出る直前にからかけられたそんな一言だった。
「あ?なにそれ?」
ライアンはドアノブに伸ばした手を止め玄関のドアに背を向け、件のこぢんまりとした紙袋をずいと胸の前に差し出すに問うと、彼女はぱっと晴れやかな表情を浮かべた。
「誕生日プレゼント」
「……俺、誕生日じゃねーよ?」
「バーナビーさんに、って言ったでしょうが」
「冗談だってば」
先ほどまでの明るい表情から打って変わって不機嫌そうな顔で見つめるの頭を雑に撫でると、鬱陶しそうに顔を顰めた。
「人にあげるものだから、丁寧に扱ってね」
「誕生日ねぇ」
「うん」
「誕生日」
「そうよ」
「…………えっ、っていうかジュニアくん誕生日なの?」
ライアンは暫く差し出された紙袋を受け取り中身を覗いたり頭上に翳したりして弄んでいたが、が述べた言葉の意味を漸く理解し聞き返す。
すると、がライアンに乱された髪を手櫛で整えつつ、驚いた様子で尋ねた。
「うそ、まさか、知らなかったの?」
「初耳だよ!……え?待って?なんでちゃんがジュニアくんに?」
「何でって…ライアンがお世話になってるし、日頃のお礼も兼ねて」
「なんだよそれ。つーかいつ何処で知ったの?ジュニアくんの誕生日なんて」
「雑誌かテレビのインタビューでね」
「……そんなのチェックしてんだ……」
「とーぜん」
何が『とーぜん』なのか。
ライアンは問おうとしたが、ふふんと鼻を鳴らし誇らしげに胸を張るの姿を見ると、そんな考えは泡のように消えて行った。
何も口にしない代わりに眉をひそめると、は納得のいかない表情のライアンを窘めるようにふっと柔らかな笑みを湛える。
「いい?ライアン。こういうことはきちんとしておいた方がいいのよ。だからあなたは黙って今日これを渡してくるの。忘れないように、朝イチでね」
「………えぇ~」
顔をぐにゃりと歪ませたライアンは全身全霊で不満の声を上げる。
「じゃ、お願いね!」
そして反論をする暇も与えられず(もっとも、返す言葉も見つからないのだが)にぐっと背中を力強く押され半ば追い出される形で家の外に出されたライアンは、手の中にある紙袋を見つめ、
「…俺に拒否権は無ぇのかよ」
家のドアの前で静かに頭を抱えたのだった。

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その後、ライアンは重い足取りでいつも通り定時ギリギリで出社をし、様々な感情が錯綜するのを必死で隠しながら午前の業務を終え、やがて『それ』を渡せぬまま昼休みを迎えた。
午前中一緒に仕事をしていた虎徹は「外でメシ食ってくる」と言い外出したきりまだ帰ってきていない。
現在事業部内にいるのはライアンとバーナビーだけ。
午後の仕事の時間までまだ余裕もある。
渡すなら、今しかない。今しかない。のだが――

「~~~~っはぁ……」

から預かった物をバーナビーに渡すだけ。
自分はそれの何が不満なのか。どうしてこんなに釈然としない気持ちになっているのか。
ライアンは自分自身の問題であるにも関わらず、自分の心情が理解できずにいた。
紙袋を見ると脳裏に浮かぶのは、それを自分に差し出したときのの明るい表情ばかり。
それがどうしたことか、自分の胸をじりじりと締め付けた。

紙袋を揺すってみたり突いてみたり。
ライアンは顔を上げて暫く意味のない行動を繰り返していたが、このままではいけない、と意を決し、勢いを付けて伏せていた上体を起こすと、体をバーナビーの方へ向けた。

「ジュニアくん」
図らずも、声が上ずる。我ながら滑稽だ。スマートではない。これは自分の美学に反する。
「………」
「おい、無視すんな」
「……なんでしょうか」
強い口調で呼びかけると、険しい表情のバーナビーが渋々といった様子で書類からライアンの方に視線を移し、ギロリと一睨みした。
「ジュニアくん、今日誕生日なんだって?」
冷たい視線に臆することなくライアンは尋ねる。
「……。それが何か?」
バーナビーの目に一瞬迷いや驚きといった類の色が見えた気もするが、書類を揃えながらライアンの問いかけにあくまでも冷静な様子で淡々と答えた。
自分の混沌とした胸中とは対照的に余裕綽々なその態度に内心で舌打ちをしながら、ライアンはデスクに鎮座する紙袋を手に取る。
「これ、」
「……は?」
バーナビーは目の前に差し出された紙袋を怪訝な顔で一瞥し、それからライアンの方を見た。
そんな何気ない、いつもと何も変わらぬバーナビーの動きすらもライアンは癪にさわり、苛々と声を荒げる。
「やるって言ってんの!」
「…待って下さい、なんの真似です?……まさかあなたが僕に…」
どういう風の吹き回しだ。槍でも降ってくるのではないか。そんな、驚きより恐怖の感情の方が色濃く出た表情でライアンを問いただすようにバーナビーが言うと、
「っ!ちっげぇよ!俺のカノジョ!ちゃんからだよ!!」
前に紹介しただろ?とライアンはいつもの悠然とした態度からは程遠い、余裕のない声をあげた。
「えっ?さん?」
「ジュニアくんにはお世話になってるから、ってよ。よくわかんねぇけどな」
「……そんな、気を使わなくていいのに」
ライアンがの名前を出したことにより、バーナビーは些か安心した様子で表情を緩めた。
しかしそんなバーナビーに反し、ライアンの表情はより一層険しくなる。

気に入らない。相も変わらず、何故だかわからないが、兎にも角にも気に入らない。
そしてこのはっきりとしない感情を携えたままこれを渡すのは、自分の道理に反する…気がする。
そんなことを考えながら、ライアンは紙袋を持つ手にぐっと力を入れた。

「…なあ、ジュニアくんよ」
「はい」
(渡してはいけない。渡すものか。)
やがて、ライアンの胸中ではそんな謎の使命感が芽ばえ始める。
ライアンは鼻息を荒くし、ややもったいぶりながら口を開いた。
ちゃんはジュニアくんを祝いたいみたいだが、俺は納得していない。何故ちゃんが、俺の、俺のちゃんがジュニアくんの誕生日を祝うのか。全くもって理解できない。そしてこれからも理解するつもりもない」
早口でまくしたてるように言うと、ライアンは紙袋を強く胸に抱きかかえる。
「……はあ?」
一方でライアンの一連の言動を理解しかねるバーナビーは、心底呆れたように肩を竦めた。
そしてライアンはぎらぎらと輝く双眼をバーナビーに向け、大きく息を吸い
「だからこれは渡さない。これは俺の意地だ。…残念だったな、ジュニアくん」
びしっという効果音がふさわしい。そんな勢いでバーナビーの鼻の先を右手の人差し指で指すとライアンは、到底市民を守るヒーローからはほど遠いような、低い声を上げ不敵に笑った。

「……………いや、それ、さんから預かっただけですよね?あなたの意思が介入する余地はないと思うんですけど」

突きつけられたライアンの指先を見つめつつ、呆れた様子でバーナビーが言う。
「でも渡したくないんだ俺は!」
「意味がわかりません」
「嫌なものは嫌だ!渡したくない!渡さねぇ!」
喚き散らすようにライアンが言うと、最早呆れるのを通り越して哀れみの感情すら抱き始めたバーナビーは腕を組み椅子の背もたれに身体を預け、深く溜息を吐いた。
ライアン自身ですら自分が何をしたいのか、何を言っているのか理解できていないのだから、他人のバーナビーにも当然わかるはずがない。理解できそうもない。
更に、ここは会社である。
大きなもめ事を起こす前に……と、バーナビーは思考を巡らせ、明らかに様子のおかしいライアンを沈静させるための手段をとることに決めた。
が――

「……別に、あなたが渡したくないならいいですよ。さんのお気持ちだけ受け取っておきますから。よろしくお伝え」
下さいね。

――と、バーナビーが懸命に考えた末に放った言葉を最後まで言い切る前に、ライアンは勢いよくデスクに手をつき椅子から立ち上がり、上半身をバーナビーの方へと乗り出した。

「おいおい、待てよジュニアくん。それどういうことだよ?ちゃんの好意を無駄にする気か?」
今にも胸ぐらにつかみかかりそうな、そんな勢いだったが、幸いなことに2人の間に存在する虎徹のデスクがそれを阻んだ。
「じゃあどうしろって言うんですか!?」
ライアンのことを考えて発言したにもかかわらず理不尽な怒りをぶつけられたことに対しバーナビーもついカッとなり、声のトーンを上げる。
そうして暫く2人は無言でにらみ合っていたが、

「………俺にもわっかんねーよ!!!」

悲痛な叫び声のようなうめき声のような、その中間のような。醜い声を上げながらライアンは頭を抱え、そのまま椅子に半ば倒れ込むように座り、再びデスクに顔を伏せた。
「(どこまで面倒なんだろうか、この人は……)」
動かなくなってしまったライアンを横目で捉えながら、バーナビーは思考を巡らす。
しかしいくら考えたところで彼の怒りの原因はわからなかった。
わかるのは、彼が恋人から預かったプレゼントを自分に渡すのが、自分を祝うのが嫌で仕方がないということ。
即ち、それは――

「…あの、つまりライアンは僕の誕生日を祝うさんの心理に納得がいっていないと。そういうことですよね?」
しばしの沈黙の後、バーナビーはわざとらしい咳払いをし、おずおずと言葉をつむぎ始めた。
「……」
「まあ、端的に言ってしまえば嫉妬していると」
バーナビーの言葉に、それまで黙りを決め込んでいたライアンの身体がぴくりと反応する。
それを目ざとく捉えたバーナビーがおや、と不審に思っていると、ライアンは身体を起こし、バーナビーに目線を向けた。
「…えっ?なに?」
「嫉妬、していると」
「……しっと?」
ライアンはきょとんとした表情で言葉の意味を懸命に理解しようとするように繰り返す。
まるで、その言葉を、その感情の意味を初めて知ったかのように。
バーナビーはそんなライアンの様子にただただ不信感を蓄積させた。
「嫉妬って、あの、なんだっけ?ヤキモチ?って言うんだっけ?それのこと?」
「ええ、もちろん。他に何があるんですか」
「………………そうなのか?」
「いや、僕に聞かれても」
「………マジか………」
頭を思いきり殴られたようなショックがライアンの全身を駆け巡る。
ライアンは暫くぼおっと空中を見つめていたが、やがて脳が活動を再開し始めると、口元に手をやりバーナビーの言葉を整理し始めた。

ライアンなりにバーナビーの見解をまとめると、人間関係を円滑にするためとは言え、自分の恋人が異性に贈り物をする、他の異性のことを考えるということが自分は許せなかった。らしい。
よくよく考えてみれば、ライアンは今までバーナビーが言う、所謂嫉妬、束縛したいという感情を抱いたことがなかった。
大袈裟に言うようだが、本当に望めば何でも手に入ったし、手に入れるための努力もした。
抱かなかった、というよりは抱く機会がなかった、という方が正しい。
だから今朝自分を初めて支配したこの感情の正体がわからなかったのだ。

なるほど。悔しいが、これですべての辻褄が合う。
「嫉妬。嫉妬、なぁ…」
バーナビーの指摘により自分を支配する感情の正体に気づかされたライアンは、それなりに衝撃をうけた。
が、しかし、決して自分自身に嫌悪感を抱くことはなかった。
それどころか、幸福感にすら似た感情がとぷとぷと胸中を満たしていた。

今までは、こちらから出向かずとも、少し押せば気になる異性は向こうから自ずと歩み寄ってきた。
そして寄せられる好意にはそれなりに答えたが、やがて相手が去り行くときに追いかけるようなこともしなかった。
季節や時間と同じで、人の心も移ろうものだ。それに抗うのはあまり美しくない。ライアンはそう感じていた。

しかし、今回は違った。
が自分以外の異性のことを祝うことに、ライアンは全身で拒絶をした。
嫉妬とは、執着心から生まれる。
バーナビーに指摘され、初めて気がついた。

自分はに執着している。
自分はやはり、のことが好き好きで仕方がないのだ。
自分をここまで変えた人間は、が初めてだ。

そう考えると、ライアンは不思議と、自然にわき上がる笑いと幸福感を堪えることができなかった。
「…あの、ライアン?」
俯き考え込むライアンの顔を心配そうな様子でバーナビーが横から覗き込む。
すると、ライアンは満たされたような、ふっきれたような、そんな清々しい顔をバーナビーに向けた。
「ジュニアくんよ」
「は、はい?」
「悪いが、ちゃんはジュニアくんにあげられない。だって俺のものだからな」
「は?……はぁ?」
先程まで浮かべていた険しい表情は何処へやら。それはそれは穏やかに告げるライアンを前に、バーナビーは難色を示す。
困惑するバーナビーを尻目に、ライアンは続けた。
「だが俺は今、ジュニアくんに感謝している」
「あの、話が…よく…」
「だからこれは、ちゃんの気持ちと共に俺からの感謝の気持ちも込めて渡したい。そう思う」
「…………」
「おめでとう、そしてありがとう、ジュニアくん」
「……あなたの中でどんな葛藤があったのか知りませんが、ありがたく受け取っておきますね」
バーナビーは疑問を抱きながらも、両手で丁寧に差し出される紙袋をライアンから受け取り礼を述べる。
それに対し、ライアンはオフィスに気持ちの良い高笑いを響かせた。
「はっはっはっはっ、良いって良いって」
「…さんによろしくお伝え下さい」
「おう!任せとけ!」
それから「ちょっと電話かけてくるわ」と言い残し廊下へ出て行くライアンの背中を見送りながら、バーナビーは妙な疲労感に静かに襲われていた。

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「あー?ちゃーん?今ジュニアくんに渡したよぉ~」
『は?今?朝イチで渡しなさいよ。っていうかいちいち報告しなくていいから』
「もぉ~~細かいことはいいから」
『何よ気持ち悪い』
「えへへ~~~ちゃん、愛してるぜっ」
『………あんた、なんか変なもんでも食べた?』
「えっへっへ~~~」