ロマンチストとエゴイスト


掌に収まる四角い画面の中でにっこり微笑む雪だるま。
その横に表示される100%という数字を捉えた瞬間、私の心臓が大きく揺れた。
「明日、雪積もるって」
「ふーん」
「何なのその反応は」
雪の予報に年甲斐も無く密かに心を躍らせる私とはまるで対照的に、隣で夢とうつつの間をぼんやり彷徨う彼は息を吐くような曖昧な相槌を打った。
「…いーや、雪の予報ごときで喜んでるようじゃ、ちゃんもまだまだ子どもだなと思って」
「喜んでないもん、別に」
「うそつけ」
「…………っ」
天井を見つめたままふっ、と小馬鹿にするように笑う彼に、私は射るような視線を向ける。
それに乗せるは痛いところを突かれたことにより生まれた、少しばかりの羞恥心である。
本人には届いていなさそうだけど。まあいいか。
こうして一方通行な釈然としない思いをするのにも、もう慣れっこだった。

本当のところ、寒いのはあんまり好きじゃない。
けど、雪は好き。
見慣れたはずの景色が一夜にして様変わりしたのを見たときのあの高揚感は何物にも代えがたいものがある。
『困ったねぇ』『勘弁してよ』と文句を言いながら近所の人と雪かきをするのも、滑らないようハラハラしながら道を歩くのも、それらの面倒くささ全てを含めて私は雪に恋い焦がれている。
このように非日常を追い求める私は、やはり彼の言うとおりまだまだ子どもなのだろう。
しかし例え『子どもだ』と言われても、好きであるという気持ちを取り下げる気にはなれなかった。
だって私は子ども。そして頑固な女なのである。
「でも結局今回も降らないかもよ?こないだも降るつって降らなかったじゃん」
僅かに膨らませた私の頬を楽しそうにつんつんと指先で突きながら彼は言う。
確かに、先週にも雪の予報は出た。
しかし彼の言うとおり、結局気温はそこまで下がらず、空から降ってきたのはみぞれ混じりの雨だった。
「けど、今回は100%って書いてあるし……」
「100%つったって、明日のことは明日になってみなきゃわかんねーよ」
横目で私を一瞥した後、彼は大きく寝返りを打ち、枕に顔を押しつける。それと同時に、私はぐっと口を噤んだ。
言葉を失った私の代わりに、明らかに定員オーバーしているベッドが小言を言うかのように、ぎしりと軋んだ。
操作していた携帯電話をベッドの横に置き、私は布団を肩までかけ直す。
唯一の光源を失った部屋は暗闇に包まれる。
単なる思い込みかもしれないが、今日は外がやけに静かに感じる。もしかするともしかして、もう既に降り始めているのかもしれない。
だがわざわざ2人分の体温で良い感じに暖まった布団を抜け出してまで確認しようとは思えなかった。
明日になってみればわかること。お楽しみは後に取っておくに限る。

「ライアン、」
「……あぁ?」
だからなんなのその声は。
闇の中にぼんやり浮かぶ、今にもくっつきそうな彼の上下の瞼を見つめたまま、私は手探りで彼の手に自分の左手を重ねる。
想像以上の暖かさと一回り以上も違うその大きさに、意図しない笑みがこぼれた。
本人に言うのはとても癪だけど、私は彼とベッドに横たわるこの時間が何よりも好きだ。
それこそ、この時が永遠に続くのなら、雪なんて降らなくてもいい、なんてことすら考えてしまう程に。
でも勿論、私にはわかっていた。そんな奇跡なんて起こるはずがないことを。
私たちの間には、そこら中にありふれた永遠すら存在しないことを。

『明日のことは明日になってみなきゃわかんねーよ』

ライアンが今し方私に向けて言った言葉を反復させる。
降雪確率100%って言ったって、その日が来るまでわからない。
先週みたいに、何処かで誤差が生まれて、朝起きたらいつも通りの景色が広がっているかもしれない。
――そしてそれと同じように、私が触れるこの手も、この体温も、朝起きたら綺麗に消えてしまっているかもしれない。
糸を紡ぐように、私は自分の指に彼の指を1本1本丁寧に絡める。
それに答えるかのように、ライアンは目を閉じたまま顔を近付け、私の鼻先に自分の鼻先をくっつけた。

(ここから縮まることの無い距離も、明日はどうなるかわからない。)

雪への期待と喪失への不安、2人の間に存在する微妙な距離感への消えそうなほどちっぽけな願い。
それら全てを抱えて飲み込んで。
私は瞼の裏に向かって「おやすみ」と小さく呟いた。