渚にて


「おお、貸し切りじゃん!」
砂浜に降り立つと同時にライアンはサンダルを脱ぎ捨て、波際へと駆け出す。
そんな彼の背中を、私は半ば呆れながらも追いかける。
まるで昔見た海外の青春映画みたいだな、と柄にもないことを思いながら。

不規則な生活を送る私たち。降って湧いたような突然の休暇。
いつもならばどちらかの家でだらだらと過ごすところだが、そうしているのが勿体ないと感じるほどの天気の良さに街を飛び出し、完全にノープランのドライブデートを1日がかりで楽しんでいた。
理論ではなく、直感で。
お互いに行きたいところ、見たいものを好き勝手に言い、それを叶えるべく好きな音楽をかけながらひたすらドライブ。
なんともお手軽でお気軽な遊びだが、日常から離れた空間の中で時間を気にすることなくゆったりと過ごすのは、良い気分転換になった。
――そして1日中あちこち駆け回り、日も暮れたしそろそろ帰ろうかと言う彼に、私は「もう一カ所だけ、」と案を出す。
彼は私の発言に一瞬目を丸くしたが、「ちゃんの頼みなら断れねーな」といつもの調子でへらりと笑うと、私の願いを叶えるべく、進路変更を決めた。

彼は私のどんな提案やわがままにも二つ返事で答える。
彼氏としては100点満点だが、実際にはそれが逆に苦しくなるときもある。しかし、今は別だ。
視界いっぱいに広がる海と、両手を広げ「うみー!!」とわけのわからない叫び声を海に向けて投げかける彼を見て、私は堪えきれず、声を上げて笑った。
「なんつーか、水着の女の子が沢山見られる昼間も良いけど、夜の海ってのも風流だな」
「でしょう?」
差し出された右手に自分の左手を重ね、私たちは海の淵をなぞるように歩き始める。
時折吹き抜ける強い風に顔を顰めるが、2人の足取りは軽い。
「私は夜の海の方が好き。波の音がよく聞こえるし、ぼーっと水面に映る月を眺めるのも楽しい」
ちゃんロマンチスト~」
「うるさい」
茶化す彼に噛みつくように返すが、「冗談だって」と肩を震わせ笑う彼に釣られるように、私も眉尻を下げた。
忘れ去られたビーチサンダル、浜辺にひっそりと佇む砂のお城の跡、波の合間に見える妙な形の貝殻。
そこには昼間のような活気は無いが、その名残がまた中々に良い演出をしている。
繋いだ手がじんわりと汗ばんでくるが、それですら心地良い。
言いしれぬ満足感に頬を緩めると、それに気づいた彼は悪戯っぽく微笑んだ。
「ま、昼でも夜でも、ちゃんと一緒なら俺はそれだけで楽しいけどね」
そう言いながら彼は立ち止まると、ゆっくりと私の手を解き、海の方に身体を向け大きく伸びをする。
「それ、言うと思ってた」
少女漫画か、と吹き出すのを必死で堪えながら背中に向けてそう告げると彼は私の方を振り返り、「まじか」と照れくさそうに笑った。
こくりと一度頷いて見せると、彼は少しだけ困ったように肩を竦めたが、すぐに再び私に背を向ける。

「…私も、ライアンと居たら退屈しないわ」

その妙に哀愁漂う背中に向け静かに、しかし波の音に消されぬようしっかりと言葉を投げかけると、彼はこちらをゆっくりと振り返り、それはそれは満足そうな笑顔を見せた。