「…なにそれ」
「女神が俺の美貌に嫉妬して泣き出したんだろ、きっと」
「バッカじゃないの」
会社から帰宅するなり玄関先で得意げな表情を浮かべ雄々しく立つ――が、全身から水滴を滴らせ、その足下に小さな水たまりを作り始めたライアンに私は冷ややかな視線を向けた。
窓の外では低く唸るような風音と雷鳴が鳴り響き、カタカタと窓ガラスを揺らしていた。
「家まであとちょっとってところで急に強く降り出してさぁ。困ったわ~」
困ったと口にしながらもどこが楽しそうに、鷹揚に語る彼に私は心底呆れ、言葉を失う。
怒りと呆れが入り交じった複雑な感情を抱きながらやっとの思いで口を開き「タオル取ってくるからそこでじっとしてて」と伝えると、「はぁい」とこれまた間の抜けた返事が返ってきた。
「はい、風邪引いちゃうから早く脱いで」
「やだっ、ちゃんたら大胆!」
「………」
「ごめん、冗談です」
「よろしい」
短いやりとりの後、じらすように無駄にゆっくりとした動作で濡れた衣服を脱ぐライアンの頭に洗面所から取ってきたタオルを背伸びをして被せると、それを受け取りながら彼はからからと軽い笑い声を響かせた。
「んー、なんか子どもになった気分」
「あら奇遇ね。私は母親になった気分」
「気が合うな」
「合ってたまるか」
突き放すように言えば、ライアンはバスタオルで頭をわしゃわしゃと雑に拭きながら目尻を下げ控えめに笑う。
その動作を眺めながら、私はじわりと眉間に皺を寄せた。
「…ライアン、拭くの下手すぎ。貸して」
彼の手中からタオルを半ば奪うようにして取り、拭きやすいようにその場にしゃがむよう促すと、彼は大人しくそれに従う。
本当に大きな子どもみたいだ。
そんなことを考えながら両手で包み込むようにして手早く彼の眩しく輝く金髪を拭けば、タオルと髪の間からゆるやかな視線が覗いた。
「……何?」
「いや…じっくりちゃんの顔が見られるから、たまにはこうして濡れて帰ってくるのもいいかなって思ってた」
「……。…あっそ」
あまりに活き活きとした彼の視線に不覚にも心が大きく揺れるのを感じながら、私はタオルをぐい、と彼の胸に押しつける。
そんな私の顔を下から覗き込み、彼はからかうように、それはそれは愉快そうに笑った。
「あっ、照れてる?」
「照れてない!」
早く着替えて!と吐き捨てるように言い、私は部屋の奥へと向かう。
悔しいことに、微かに掌に残る彼の体温と自身の頬の火照りは暫く消えることはなかった。