【はじめに】
「色んな子から花束を受け取ったり贈ったりしてみたい」という欲望のままに1000~1500字くらいで小話を書き連ねていくページ。
ジャンルはごちゃまぜです。下に行くほど新しい。リンクでジャンプなんていう便利な機能はないですごめんなさい。
そして花束じゃ無いものもある。
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◎バーナビー(TB) 2016.08.21
※警察官設定(麦先生のお子さんの設定をお借りしてます)
「何ですか、これ」
湯気の立つ珈琲の入ったマグカップを手にしながら、バーナビーはデスクの端に置かれた花束と呼ぶには少しだけ瑣末なそれに視線を注ぐ。
長さも種類もまちまちな白い花々。それをくるんでいるのは昨日の日付の新聞紙と、菓子屋のロゴらしきものが印刷されたくたびれたピンク色のリボン。端の方にいたっては解れ始めており、細い糸がぴょこんと何かを主張するように飛び出していた。
「あ、これ?良いでしょ。さっきパトロール中に貰ったの」
両の掌にすっぽりと収まってしまう、お世辞にも見栄えが良いとは言いがたい代物を手に取り、向かい側に座るは「花束なんて初めて貰ったよ」と愛おしそうに頬に擦り寄せる。
その平穏な光景を眼前に、バーナビーはじりじりと眉根を寄せた。
「…一体、誰に?」
「どしたのバニーちゃん。もしかして妬いてる?」
「いえ、違います」
「そんな食い気味に言われても全然説得力ないから」
「かわいいねえ」と花々に語りかけるようにしてすくすく声を上げて笑うとはまさに対照的。バーナビーの眉間に刻まれた溝は一層深くなっていく。
乾いた口に珈琲を運ぶも、その心地よいはずの苦さが心なしかバーナビーにはいつもより強めに感じられた。
「この間、落としたおもちゃを一緒に探してあげた男の子がね、お礼にって。嬉しいよねえ。後で花瓶に移し替えなきゃ」
海溝ほどの深さになったそれを見るに見かねたは花束を元在った場所へと戻し、『わかりやすすぎる』恋人へ鞠が跳ねるような口調で真相を告げる。
頬杖をついて不機嫌な顔を下から覗き込むと、バーナビーは態とらしい咳払いをひとつし、ことりと小さく音を立ててカップを置いた。
「…だったら勿体ぶらずに最初からそう言えば良いじゃないですか」
「だからぁ妬かない妬かない」
「妬いてません」
「うっそだあ」
「…妬いてない」
「うんうん。わかったよ」
言って、は右手を伸ばし、カップの持ち手に引っかけたままになっているバーナビーの指先を悠揚とした動作で撫でる。
駄々をこねる子どもをあやすかのような規則正しい速度に、バーナビーも諦めたように細長い息を吐いた。
(よりによって、このタイミングで…)
依然としてにこにこと日だまりのような笑顔を浮かべながら自分の顔を覗き込むの視線をかいくぐり、きまりが悪そうに目を伏せるバーナビー。
彼の足下に置かれた紙袋から覗くヒナギクたちが、「おかわり飲む?」と暢気に尋ねると、見知らぬ少年に先を越された悔しさに苛まれるバーナビーのふたりを面白可笑しそうに見上げていた。
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◎半兵衛(bsr) 2016.08.21
「半兵衛、元気?」
「それ、入院してる人に掛ける言葉じゃ無いと思うよ」
別に良いけど。そう言って苦笑する半兵衛の顔は一昨日に見たときよりも血色が良いように思え、は心の中でほっと息を吐く。
「着替え持ってきたから」簡潔に伝えながらは紙袋を半兵衛が対峙しているノートパソコンのキーボードの上に置き、勢いよくカーテンを閉める。
そして端に寄せられていた椅子を文字通り引っ張り出しちょこんと腰掛けると、半兵衛は「すまないね」と礼を述べ、紙袋をテーブルの隅に押しやりながらノートパソコンを閉じた。
「それで、半兵衛は元気なの?」
ショルダーバッグと大きな紙袋。いつもより多い荷物をどさっと音を立てて足下に置き、は上体を乗り出すようにして強い口調で尋ねる。
まじまじと顔を覗き込むに、半兵衛は微かに肩をすくめた。
「まあまあだね」
「私は元気だよ」
「そうかい。それは良かった」
ころころと美美しい音を立て、半兵衛が笑う。それと同時に雪のように白い手が伸び、の頬にそっと触れた。
夏が近いと言うのにその手は冷涼としていて、声こそ上げなかったものの、の曲がっていた背筋が驚きのあまり思わず伸びる。
「半兵衛、寒い?」「いや」短く淡泊な返事にの胸中は一層波打つが、感触を愉しむように動く半兵衛の細い指先の心地良さがすぐにそれを上書きしていった。
「……。…あっ、そういえば。今日は良い物持ってきたよ」
「食べ物かい?」
「ち、違うって」
「が食べ物以外の物を持ってくるなんて。雪でも降るんじゃないかい」
「失礼なっ!」
息巻くの髪を、半兵衛は「冗談だよ」と心底愉快そうに笑いながら撫でる。
するとまるで魔法でも掛けられたかのように、怒りで満ち溢れていたの表情はすうっと潮が引くように和らいでいくのだった。
「…はいっ。これ」
良いように扱われているような気がしないでもないが、それは今に始まったことでは無い。この人には敵わない、と苦々しく笑いながらが足下の紙袋から取り出して紫色の花束を半兵衛に差し出すと、半兵衛は太陽を見るかのようにうっすら目を細め、愛おしそうに顔を寄せた。
「…リラの花だね。良い香りだ」
「でしょっ。殺風景だから、この部屋」
「ありがとう」
半兵衛はの手からそっと受け取り、壊れ物を扱うかのように両手で包み込む。
サテンのリボンに添えられる指。伏せられた目。きれいな言葉を紡ぐ薄い唇。
それらひとつひとつの存在を確かめるように眺めながら、は「早く元気になってね」と、甘い香りに染まる空気を震わせた。
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◎元親(bsr) 2016.08.21
待ち合わせ場所の横にあった花屋に入ろうと言い出したのはの方だった。
学校の最寄りから数駅先のターミナル駅の地下にあるその花屋は、切り花よりも需要があるからであろう。簡単なブーケや小さな鉢植えがこぢんまりとした店内に所狭しと並べられている。
普段全く縁の無いその場所で確信的な居心地の悪さを覚えつつ、元親は人ひとり分の広さしかない通路で、どの花に留まろうか迷っている蝶の如くふらふらと自由自在に行き来するの背中に黙って続いた。
「そうだ。元親の部屋で何か花を育てよう」
「…はァ?俺はお前の世話で手一杯だっつの」
「なにおう」
自身の(本人的にはかなりの名案だと思った)提案に皮肉をぶつけられたことに立腹したは俊敏な動きで踵を返し、元親の言葉に鋭利な視線で答える。身長差もかなりある2人だが、それを埋めようとせんばかりの気迫を背負い、は鼻先を元親に向け、食らいつくように口を開いた。
「そんなの言ったら私だって元親の世話で手一杯なんですけど。今朝講義に間に合うように起こしたの誰だっけ」
「別に頼んでねぇしよ」
「ボランティア精神だし」
「意味わかねぇし」
「確かに」
「認めんのかよ」
「うん」
「はえーよ」
先刻までの勢いは何処へやら。夕立のようにすぐさま去った怒りの背中を眺めつつ元親がぽかんと口を開けていると、視界の隅でが「その顔面白すぎ」とはにかむのが見えた。
今のような一方的すぎる不平不満や文句も多いが、気質的には世話焼きであると元親は認識している。
そうで無ければ1限目からの日に鬼のようなモーニングコールを寄越したり、手帳の隅に自分の物とは別に元親の出席状況を正の字で記したり、母親の手料理を食べさせるためにわざわざ家に招いたりはしないであろう。
少しだけむず痒いような気もするが、同じく世話焼きな自分からすればお互い様。似たもの同士なのかもしれない。そんなことを、段差に気づかず突き進もうとしていたの腕を取りながら元親はぼんやりと考えていた。
「…よし。じゃあわかった。世話んなってる礼に何か買ってやるよ。この辺にあるやつ」
「ほんと!?元親太っ腹!」
「おう。ただし食うなよ」
「失礼な」
「一応言っとかねぇと」
「食べないよ、だって元親がくれる物だもん」言って、眉をへにゃりと下げては笑った。
その曇りの無い表情に両頬が熱を持っていくのを感じながら、元親は誤魔化すように顔を逸らし、「これとか良いんじゃねぇの?」と近くにあるブーケへと手を伸ばす。
ほんの思いつきにしては妙案だったと静かに確信する大きな掌の中で、デンファレが跳ねるように揺れていた。
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◎左近(bsr) 2016.08.22
約1ヶ月ぶりに訪れた左近の部屋から出るとき私の視線を奪ったのは、玄関に置かれた掌サイズの植木鉢だった。
「こんなのあったっけ。…サボテン?」
「はい。先週?先々週?くらいから育ててて」
もあもあした棘を指先で何度も突く左近は、少し照れたように笑う。
乾いた土の上でぎゅうっと丸くなっているそれは、小さいながらに妙な哀愁を放っている。
例えるならば、部屋の隅っこでいじけて背中を丸めている人のような類いの哀愁。
不思議な親近感を覚え、落とさないようにそうっと持ち上げて下から覗いてみたり横から息を吹きかけたりしていると、左近は私の視界の隅でもじもじと身じろぎをした。
「かわいいね」
「でしょ!?」
「かわいい」
愛玩動物のようなつぶらな瞳で私を見る左近に倣って、恐る恐るサボテンに人差し指を伸ばす。
触れる前、幼い頃に読んだ絵本に出て来たお姫様が興味本位に手を伸ばした糸車の針的な痛さがふと脳裏を過ぎったが、指先から伝わってきたのはそれとはほど遠い、けばけばとした何とも言いがたい未知の感触。
よくよく考えてみたらサボテンはサボテンであって糸車ではないし、もっと言えば私はいばら姫でもない。
だから何も可笑しくはないのだけれど、何故だろうか。
このサボテンの棘の長さ程度の寂寥感が私の心を静かに包み込んだ。
「なんか置いてたら愛情が芽生えちゃって。今や家帰ってきたら『ただいま~』とか言ってみちゃったりなんかして」
「それはちょっとさみしくない?」
「そんなハッキリ言わないで下さいよお」
「左近、さみしいの?」
「俺はいつだってさみしいっすよ」
最近さんと全然会えねぇし。
言って、左近は私を背後から抱き竦める。首筋に顔を埋め、すんと鼻を鳴らす様は妙に獣臭い。この時ばかりは愛玩動物の目も閉じられる。
「さみしいね」
「さみしいっすね」
山彦みたいに帰ってきた言葉を「さみしい、さみしい」と口の中で転がしながら、私は再び左近のさみしさを一手に受け止めるサボテンに手を伸ばす。
中途半端な柔らかさが、今度は心地よく感じられた。
「………。あの。それ、もし気に入ったなら持って帰ります?」
「え?」
「俺もさみしいけど、さんがさみしいのはもっと耐えられないんで、」
前触れ無くもたらされた突然の提案に私は後ろを振り返る。
すると左近は何かを考える素振りを見せた後、ゆっくり頭を振りつつ目を伏せた。
「って!要らないっすよね!フツーに。女の人って花束とかの方が絶対貰って嬉しいっしょ!」
「すんません、変なこと言いました」と、サボテンが生まれた場所のように乾いた笑いを零す左近からはやはりと言うべきか、意外と言うべきか。表情は見えなかったが、背中越しに体温と共にさみしさが染み渡るように伝わってきた。
(――ああ、成る程。)
私の背中に覆い被さるようにして曲がるその骨張った愛らしい背中を思い描く途中。頭の中でサボテンの描く曲線がそれとぴったり重なり、ここで漸く先刻抱いた親近感の根拠を私は知るのだった。
そうとなれば。
選択肢は、もう限られていた。
「…いいの?」
「……………へっ?」
「ほんとに、これ。もらっていいの?」
自分で話を振っておいて、左近は私の質問がすぐに理解できないらしい。
理由は簡単。私の答えは予想に反した物且つ、左近が理想としていた物だったのだろう。
数度瞬きをした後、やっと頭の中の点と線がリンクしたらしい左近は「勿論!」と、くしゃくしゃの笑顔をつくり、再び私の背後から伸ばした腕に力を込める。
目を凝らしても、背中からも、私の掌の中からも。さみしさはもう見えなかった。
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◎イワン(TB) 2016.09.19
※警察官設定(麦先生のお子さんの設定をお借りしてます)
※たりないすくないの後日譚
これが所謂『魔が差した』という状況なのかもしれない。
そんなことを考えながら、会社の向かいの通りにある花屋を後にする。
店先に並ぶ花々の視線が痛く、背中がひりひりじりじりと、薄手のスカジャンの上から焼けていくような錯覚に陥る。
微かに汗ばむ僕の右腕には紺色のくたびれた傘がぶら下がり、左手にはたった今、花の種類からテイスト、リボンの色まで悩みに悩んだ挙げ句、店員のお姉さんに全部任せて購入した小ぶりの花束。
正体不明の(主に左手から伝わってくる)重圧感に耐えきれず顔を上げて空を仰げば、競い合うように建つ高層ビルの合間から、手を伸ばせば届きそうなほど低くなった青空が覗いていた。
先程魔が差したと言ったが、厳密に言うとそれには語弊がある。
そもそもあの花屋に立ち寄ったのは一昨日ちゃんに傘を借りたお礼がしたいと思ったからだし、お礼を甘い物が好きなちゃんが確実に喜びそうなお菓子ではなく花束にしようと決めたのは他でも無い僕自身だ。
もっと言えば昨日ブルーローズさんに「女の子って花束を貰って嬉しいものなのかな」なんて今思い出して顔を覆いたくなるような質問をしてしまったのも僕であり、その後噛みつかれるんじゃないかという程の勢いで詰め寄られつつあれやこれやとアドバイスを貰ったのも僕で、まあ、つまることろ、一昨日の天気予報を外した気象予報士とそれを伝えたキャスター以外、全ての苦悩の原因は僕にあった。
こんなに重い足取りでちゃんの勤務している交番に向かうのは初めてだ。僕がちゃんと今のような『お友達』という関係になる前――つまりちゃんと出会った時(僕がランニング中に落としたお守りを探しに行ったのだ)も決して軽やかなものではなかったが、その時ですら今ほど酷くはなかった。
服を着たまま海の中に入っていくように、目的地が近づけば近づくほど身体は益々重くなっていく。
ただ借りた傘を返して、一言お礼を言うだけなのに。
こんなことならばやはり、背伸びしてお礼に花束だなんて、
「やめとけばよかったかな…」
「何を?」
「…………はっあぁ!!?!」
二酸化炭素と共に空気中に消えるはずだった僕の口を衝いて出たぼやきを回収したのは、幸か不幸か。僕の頭と心を悩ませるちゃん本人だった。
「ちょ、ちょっと、大丈夫!?」
パトロール中だったらしい。彼女はまたがっていた簡素な自転車を傍らに停め、駆け寄って来る。
「び、びびびびびっくりした……」
「えっ、ご、ごめん。でもそんな驚かなくても…」
「いや、う、ううん、平気。僕の方こそごめん…なんか、ごめん…」
左の掌を胸に当て、呼吸を整える。吸って、吐いて、吸って、吐いて。
繰り返しながらちゃんの姿を捉えようと顔を上げる。しかしこんな恥ずかしい状況下でまともに顔が見られるはずもなく、すぐにおずおずと視線を下の方にずらす。
すると、本人曰く「堅苦しいのは嫌い」ということで他の同業者より少しばかり短めに切られたスカートから覗く足の向こうで、どうやら驚いたときに手放してしまったらしい。無造作に横たわる花束を見つけ、思わず「あ」と声を漏らした。
「……ん?…あれ、花束?」
「あっ…」
「…これ、イワンの?」
見えない糸で縛られているかのように身動きが取れず、ぱくぱくと声にならない声を上げる僕の代わりにちゃんは地面からそれを拾い上げ、僕の元へと持ってくる。
あまりにも不自然なふたりの間を我関せずというようにすり抜けていく風が、ちゃんの手の中にあるアネモネを小さく揺らす。
彼女の白い指先と花屋のお姉さんが選んでくれたリボンの色のコントラストがきれいで、僕は思わず息を呑んだ。
「い、いや…っ……あの…」
「ん?」
「そ、それ………」
「これ?」
「……………ちゃんの…………………。です」
消え入りそうな声で言った僕の言葉に、ちゃんは理解が出来ない様子で、ぱちぱちと瞬きを繰り返していた。それもそうだ、これもとんちんかんな受け答えをする甲斐性無しの僕に原因があるのだから。
漂う沈黙。頭が痛い。
自分で自分に呆れながら、きちんと事情を話そうと漸くここで腹を括り口を開こうとするが、それはちゃんのちょっと困ったようなへにゃっとした笑顔と「…ありがとう?」というあったかい、熱を持った言葉により遮られた。
(多分、結果オーライ…だよね)
彼女につられて緩む頬の感触が心地よくて、右腕に引っかかったままの傘の存在を忘却の彼方へ押しやっていたこと。今日の出来事を頭からお尻まで包み隠さずブルーローズさん達に報告したときにお叱りを受けたこと。それらはまた別の話。
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◎三成(bsr) 2016.10.16
先日帰省したとき、母親が押し入れから発掘したという花瓶をこっそり貰って帰ってきた。
下から上へと緩やかな曲線を描くように伸び、夏の空に浮かぶ雲のように白い肌の裾には青い小花の絵が控えめに鏤められている一輪挿し。
しかしそれ以外には特筆すべき点が見当たらない、良くも悪くもシンプルすぎる一品なのだが、その素朴さが一目見た瞬間から妙に私の心を掴んで離さず、気がつけば鞄の中に忍ばせていた。
母曰く「あんたが小さい頃バザーで買ったのよ確か」という、誰の何の思い入れも存在しないそれに何故私が惹かれたのか、帰りの電車の中でずっと考えていてもわからなったが、家に帰ってきて花瓶をくるんでいた新聞紙を取り払って、居間のソファに座り読書に没頭していた三成の猫背気味な姿と花瓶のシルエットが重なった瞬間、「ああ、成る程」と妙に納得してしまい、思わず吹き出してしまったのは私だけの秘密だ。
かくして我が家に新たにやって来た一輪挿しは未だからっぽのまま、現在駅前の花屋で険しい顔をする私達の帰りを玄関の棚の上で今か今かと待ちわびている――筈である。
「うーん…どれにしよう」
「まだ決まらないのか」
「だって今まで花なんて買ったことないから」
どんなの飾ればいいかわかんないんだもん、と口を尖らせ反論する私を見て三成は、既に充分深く刻んでいた眉間の皺を更に濃く深くする。
彼の右手に提げられたスーパーの買い物袋から覗く長ネギが落っこちそうになっているのを直すついでに「持つよ」と申し出たが、「良いから早く決めろ」と一蹴されて終わってしまった。
今日は要冷蔵なものは買っていないから急いで家路につかなければならないということは無いのだが、流石に30分近くも三成に荷物持ちをさせているのは心苦しい。
けれども、そう思った所ですぱっと決められる筈も無く、私は引き続き何十種類もある花々を前に頭を抱えることしかできなかった。
「…どうしよう決まらない…」
「決めろ」
「決まらないって言ってる人に『決めろ』って言うのはどうかと思うんだけど」
「では買わずに帰れば良い」
「やだよお。何も差してない花瓶なんて可哀相じゃない。花瓶としてのアイデンティティを与えてあげたいじゃない」
「花瓶の心境なぞ知るか」
「そんなこと言わずにさあ」
出口も答えも意味すらも無いやり取りをしながら三成の横顔を仰ぎ見る。すると、彼はいつも通りの冷たい目で私の顔をじっと睨んでいた。
瞬きと共に不規則に揺れる三成の睫毛が普段よりも一層美しく見えるのは、きっと色とりどりの花々を背負っているからであろう。
三成はうつくしい。いつだってうつくしくて、ちょっとだけ狡いのだ。
それはまるで限られた時間しか美しさをひけらかせない花のようだと思う。
そんなことを考えていると、胸の奥の方がじんと熱くなった。
「んじゃあ、もう三成が決めてよ」
「…何をだ」
「花瓶に生ける花。三成が決めて」
「何故だ」
「だって私決められないんだもん。早く帰りたいでしょ?」
「貴様…」
「あー、ほらほらほら、あれだよ。私に似合う花を贈ると思ってさあ、」
ね?と、悪戯心から生まれる少しだけ苦い笑顔を向けつつ彼の空いている左手を取れば、三成はそこだけ時間の流れが止まったかのようにぴたりと固まる。
恐らく、何かを考えているらしい。鼻腔をくすぐる花々の香りに酔いそうだ、と私が明後日なことを思っていると、やがて私にしかわからない程度にへにゃりと微かに眉を下げた。
「………」
「三成、起きてる?」
「…………貴様は馬鹿か」
「ひどいっ」
「これ以上無駄口を叩くな。行くぞ。日が暮れる」
選んだ言葉の割りには穏やかに告げて、三成は服の上からでも骨張っているのがわかるどことなく寂しいその背中を私の方へゆらりと向けて、傍らにあったバケツから1本の花を抜き取り足早にレジへと向かう。
「はっ…?」
一縷の迷いも無駄も無いその動作に面食らって、今度は私の方の時が止まる。
ぽたりぽたりと長い茎の先を伝って床に垂れる水を見ながらぽかんと『馬鹿』みたいに口を開けていると、自分の肩越しにこちらを振り返る三成に「、早くしろ」と怒られてしまった。
「ま、待ってってば」
棘があるのに柔らかな言葉たち。険しい表情とは裏腹に、ほんのり朱の差した三成の耳の先っぽ。
何もかもがちぐはぐな世界が可笑しくて、そして理由はわからないけれど、何故だかとてもしあわせで。この瞬間だけ切り花のように切って生けて飾っておきたい、なんてやはり『馬鹿げた』ことを彼の左手の中にある、花瓶の白によく映えるであろう1本の竜胆の花を追いかけながら、私は考えていた。
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◎ライアン(TB) 2016.12.28
多分、100本くらいあるんじゃなかろうか。
1時間ほど前、ヒーロー達の活躍により無事収束した事件の続報を睡魔と格闘しながら見ていると、ちょっとトレンディなドラマや映画でしか見たことがないような、それはそれは立派な薔薇の花束を、ライアンが得意気な顔をして担いで帰ってきた。
ふと壁に掛かっている時計を見れば、いつの間にか日付が変わっている。
こんな遅くまでご苦労なことだと心の中では(見かけによらず)働き者の彼を労りつつも、もう既に半分くらい閉じられている私の目にとってその赤はあまりにも眩しすぎ、思わず顔を顰める。
すると「あれ?反応薄くね?」と彼は若干不満そうにうっすら苦い笑顔を浮かべた。
「すっごい匂い」
空調によって運ばれてくる花の香りはまさに噎せそうな程。一瞬にしてそこそこの広さのあるリビングを埋め尽くす。
鼻むずむずさせながらも、とりあえず上体を起こしてソファにちゃんと座り直す。するとライアンはやけにかしこまって私の前に跪き、赤い海を顔の前へずいっと差し出した。
花びらの波が間接照明に照らされて、まるでビロードのようだと思った。
「ファンの子から?」
顔色ひとつ変えずに私が尋ねれば、彼は一瞬驚いたような焦ったような怖がるような、そんな不思議な表情を浮かべ、「…バレてたか」とばつが悪そうに鼻の頭を指先で掻く。
意図がわからない、欠伸が出そうなほどの茶番だ。そんなことを考えていたら本当に欠伸が出てしまった。
ああ、いよいよ睡魔が本気を出してきたようだ。
「プロポーズだと思わせたかったのに」
そこそこの重さのある花束を私の膝に乗っけつつ、どかりと隣に腰を下ろしながらライアンは言う。
拗ねたかな、横顔を盗み見たが、その表情は春のように穏やかで、心配はいらなかったようだと確信し、革張りの座面が生み出す心地よい揺れに私はただただ身を任せた。
「ライアンはそんなベタなことしない」
「流石、ちゃん。わかってるねぇ」
「とーぜん、」
私の頭に頬ずりをしながらくつくつ笑うライアンから伝わる振動が、体温が、瞼を更に暖かく、重くさせる。
ひと思いに閉じてもいいかな、と確認しようしたが、それよりも先に短い口づけと共に与えられたライアンの「おやすみ」という言葉に「ん」と短く返事をする。
いちばん欲しい時にいちばん欲しい言葉をくれる彼は優しすぎて少しずるいな、と、そんな考えが蕩けかけた思考回路の片隅にぽかりと浮かぶ。
瞼の裏を眺めつつ、「本番は、薔薇じゃ無くてひまわりが良いかな」とねごとのように呟くと、少しの間の後、彼は「参考にするわ」と、それはそれはずるい声で笑った。