部室の片隅に置かれたファンヒーターの前を陣取り、かざしていた手のひらを今度は自分の方に向ける。手の甲に当たる熱風は心地よく、まさに天国のようだ。当然、行った事は無いけれど。でも天国に行って帰って来た人にはまだ会った事がないから、きっと『ここからもう動きたくない』と思えるような素敵なところなのだろう。体の末端までぽかぽか温めてくれるこの場所同様に。
「、いつまでそうしてんだ」
今の今まで頭の中に思い描いていた場所から来る天のお告げのように優しい音色とは程遠い声が頭上から降り注ぐ。
視線を上げれば、しっかりコートを着込んだ上にマフラーまできっちりと巻いた筧がいつも通りの不機嫌そうな顔で私を見下ろしていた。
「筧が部室の戸締りし終わるまで」
「今終わった。帰るぞ」
「えー」
私が漏らす不満の声を筧は完全に無視し、容赦なくファンヒーターの電源を切る。ピーという味気ない電子音が鳴ると同時に熱風は消え、代わりに静寂が私を包み込んだ。
「鬼……」
促されるかままに仕方なく立ち上がり、すたこらさっさと入口に歩き始める背中にそう呟いてみても、「だからどうした」と跳ね返される。筧と出会って2度目の冬を迎え、悲しいのか嬉しいのか、そんな無慈悲な仕組みにもすっかり慣れ切った。もはやその揺ぎ無さには安心感すら抱く。その一点に関しては、ファンヒーターの前と同等か、もしくはそれ以上かもしれなかった。
明かりを消して真っ暗になった部室から、同じ位真っ暗な外へ出る。その瞬間、歓迎するかのように凍てつく風が容赦なく吹き付け、思わず「うひゃあ」と声を上げる。するとどうやらそれは鍵を閉めようと振り返った筧のツボに刺さったらしい。「なんだその声」と、寒々しい空みたいな色をしたマフラーの隙間から覗く口元が緩むのが見えた。
筧は慣れた手つきで鍵を閉めた後、ご丁寧にきちんと施錠されたかドアノブを回して確認をしてから、「よし」と誰に言うでもなく呟く。そんなの適当で良いのに。ホントに真面目な男だ。そこがまあ、私は嫌いじゃないんだけど。
頭に浮かんだちょっとだけ恥ずかしい考えを誤魔化す為に、ほんの気まぐれで筧の左手に右手を伸ばす。ファンヒーターのお陰でまだかろうじて温もりが残る私の指先が触れた先は、氷か何かで出来ているのかと疑ってしまうほどに冷えきっていた。
「筧の手、冷た!」
「じゃあ離せば良いじゃねぇか」
「うーん。いや、それは嫌だ」
「はぁ?何でだよ」
何で?答えは簡単だ。どれだけ寒くても、どれだけ冷たくても、どれだけ小言を言われても、結局ここが私の一番しっくりくる場所だから。ファンヒーターの前と同じ位、ううん、それ以上に『ここからもう動きたくない』と思える場所なのだ。悔しいけど。
手を握られたまま、不思議そうな顔で私をじっと見つめる筧に言葉を返す代わりに、私は冷たくなり始めた右手にぎゅっと思い切り力を込めてやった。
----------------------
アルクアラウンド 明かり/気まぐれ/歩き始める(title:サカナクション)