八月


パピコをひとりで食べるほど虚しいことはない。
そんな事を前にテレビでお笑い芸人が面白おかしく語っていたが、果たしてそうだろうか。片割れを左手に提げたコンビニの袋に突っ込んだまま、私はパピコ(コーヒー味)を咥えて帰路を辿る。
虚しい?何でだよ。関係ないじゃん。別にひとりで食べても美味しいじゃん。最高じゃん!
心の中で己の正しさを大いに主張していると、耳障りな音を立てて街灯の明かりがまた一つ点く。大きな通りから一本入った路地は驚くほど静かで少し不気味だ。遠くで聞こえるヒグラシの鳴き声に、目前に迫った夏の終わりを感じて少しノスタルジックになっていた時だった。
角を曲がった先。前方に見覚えのある後ろ姿を見つけ思わず声を上げる。

「筧だ」

見間違えるはずがない特大のサイズ感。少し距離があったし、そんなに大きな声ではなかった。けど、大きな影は私の声に気づき、ぴくりと震え、ゆっくりこちらを振り返った。

「……。……か」
「そんな、幽霊でも出たみたいな目で見るのやめてよね」

私が軽いジョークのつもりで言った言葉に対し、数度瞬きを繰り返した筧は「悪ぃ」と苦笑する。サラッと受け流せばいいところを。でも私にはわかる。それが筧という男なのだ。
筧とは春の大型連休明けに行われた席替えで隣同士になってからの付き合いだ。毎朝軽い挨拶を交わし、休み時間に雑談をする程度。それでも色んな意味で存在感のある彼がアメフトというスポーツにお熱である事、中学時代に留学していたらしい事、クソが付くほど真面目である事を知るのには十分な距離感と期間だった。あとは、できれば夏休み明けももう少しだけお隣さんでありたいな、なんて事を頭の隅っこで思ったりなんかしてしまうのにも。

「こんな時間にどうした」
「友達の家で宿題やってた。筧は?部活?」
「ああ」
「夏休みなのにご苦労なこった」
「夏休みだからこそやるんだよ」

呆れたような、でも心底楽しそうな顔で言う。「ふぅん」と気のない返事をし、私は歩みを進め、筧の横に並び立つ。街灯と筧。ふたつのスポットライトに同時に照らされているようで、どこか居心地が悪い。仮に、これがもしも、筧じゃなくて同じくらい大きい水町でも同じように感じるのだろうか。筧よりももっと大きな、大西や大平は。答えは今のところ、わからない。

「……よし。では、夏休みも頑張る筧くんに私がいいものをあげよう」
「は?」

やや気まずい静寂を切り裂くように、私は袋の中から片割れを取り出し、ふたつの光にかざす。間違いない。それは、昼間の太陽よりもずっとずっと眩しいと感じる。
さて、虚しさとやらはもう此処には無い。ふたりで食べるパピコの味やいかに!?
私の指先から受け取りながら、躊躇いがちに、しかし未だかつて聞いたことがないような軽さを持つ声で言われた「……どーも」という控えめな筧の言葉が、噛みしめるよりも先にすべてを語ってしまっているような気がした。

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八月 正しさ/ジョーク/関係ない(title:People In The Box)