恋をしよう


「私、スターフェイズさんにまだ言ってない事があるの」

嘗て紐育と呼ばれたこの街がヘルサレムズロットと呼ばれるようになるよりずっと前からある、某サンドイッチチェーンの紙袋をガサガサ鳴らしながらはのんきな声で呟いた。
取り出したのは恐らくピクルスとホットペッパーが馬鹿みたいに乗せられたオリジナル・カスタマイズ。
以前ランチを共にした際、「これが上限なので」と引き攣った顔をする店員を笑顔で脅しながら「は?もうちょっといけるでしょ?」と交渉し続けていた姿をスティーブンは今でもはっきりと思い出せる。帰り道、交差点で信号待ちをしながら「あそこは羽振りが悪いわね。次から違う店を使お」と不貞腐れていた横顔も。
デスクに置かれた冷めきったコーヒー程度の苦々しい気持ちで胸中を満たせば、「あのー、聞いてますう?」と怪訝そうに眉を寄せてが言った。

「……勿論」
「え?気にならないの?何を隠しているか?自分は何を知らないのか?」
「気にならないわけではないけど、この街の人間なら隠し事が無い方が可笑しいってもんだろう。その上ここに所属する人間なんて、知っていることを見つける方が難しい位だ」
「ド正論すぎてつまんない」

カウチソファにどっかり足を投げ出し、はそれに齧り付く。
重力に負けてはみ出してくるホットペッパーを捉え、「ああ、やはり」とスティーブンはひとりで納得した。この件に関しては彼女について『知っていること』に分類される。しかし、それを彼女が知っているかはわからない。なんと奇妙で面倒な仕組みだろう。だから面白くもあるのだが。

「それで、聞いたら教えてくれるのかい?の秘密とやらを」

そろそろこちらもランチにしよう。午前中ほぼ張り付きっぱなしだったデスクから立ち上がり、スティーブンはが我が物顔で居座るソファの端に遠慮がちに腰かけた。
ブルーグレーのアイシャドウで縁取られた瞳が丸く光る。艶やかな双眼が映してきた物を知る未来。そんな物、来ない方が想像に易い。けれども何でも起こり得るこの街に居ると、その『もしかすると』が起こる可能性に賭けるのもまた一興のように思える。

「……いいや、今日のところはこのままで」
「ふふ、そうかい」
「うん」

深い赤をにいっと吊り上げ、は笑う。よく知るはずの小憎らしい笑顔が今日はやけに眩しく思えるのもまた、この街の瘴気にあてられたが故の事だろう。

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恋をしよう 交差点/「このままで」/知らない(title:NICO Touches the Walls)