「きょうがなんのひかしってるかい」
後期試験も終わって春休みに入り、わざわざ大学に来る学生も少なくなる二月中旬。
本来の同じ時間ならば考えられないほど人気の無い学食の一番隅っこ。窓側の日当たり良好な席に座り、ひとりで優雅に自宅から持参したお弁当を食べていると、水町くんがふらふらとした足取りでどこからともなくやって来て言った。昔のSFアニメに出てくるロボットみたいな、抑揚のない声だった。
彼が着ているコートの襟元に付いている毛足の長いファーが、トレードマークとも言える眩しい金髪と似ていて少し面白い。明後日なことを考えながら、私は咀嚼していた茹でたブロッコリーを飲み込む。
その様子を机に突っ伏して向かい側から凝視する彼は、何やら難しそうな顔をしていた。いつも浮かべている満開の笑顔からは程遠いその表情を内心珍しがっていると、やがて痺れを切らしたように再び口を開く。
「きょうが、なんのひか、」
「バレンタインデーでしょ」
ぜんぶ言い終えるより先に私が答えると、水町くんは勢いよく体を起こし「知ってんのかい!?」と叫びに近い声を上げた。
広い空間に彼の声がめいっぱい響き渡り、遠くの席に座っていた学生が驚いてこちらの様子を伺うのが見える。注目されて、少し気恥ずかしい。だが水町くんはそんなこと一切気にする様子はなく、テーブルを飛び越えんばかりの気迫で私の顔を覗き込む。
「えっ、えっ?知ってんのに?俺に何もくれないワケ?それってどーなの?」
「わざわざこんなとこまでやって来て物乞いをする水町くんもどうかと思うけど……」
「…………」
痛い所を突かれた。とか思っているのかな。大袈裟におでこに手を当て天を仰ぐ。それから暫くすると、今度は顔を隠すようにしてまた机に突っ伏してしまった。
水町くんはひとつひとつの身振り手振りやリアクションが大きくて、見ていて本当に退屈しない。昔から感情を表に素直に出すのが苦手な自覚があり、周りから誤解をされやすい性質の私とは別の星の生き物みたいだと思う。
なのにこうして同じ星の同じ時代に生まれ、出会って、仲良くなって、普通にお話しているのは、よく考えたらものすごい奇跡のような気がしてくる。
そんな壮大なことを考えつつ、私は我ながら上手く巻けた出汁巻玉子を口にする。恐らく彼が欲しがっている物ほどではないが、甘くて優しい味が口の中に広がった。
「水町くん」
残っていたおかずも全部平らげ、弁当箱を袋にしまいながら私は呼びかける。相変わらず机に伏せたままの彼は私の声に反応して一瞬ぴくりと肩を震わせたものの、顔は上げずに黙っていた。
袋に入れた弁当箱を隣の席に置いていたバッグの中に入れる。そして、代わりに小さな箱を取り出して、彼の金髪の前にこてんと置いた。当然、彼は私の行動に気づかない。
身を少し乗り出して手を伸ばし、もふもふのファーと本物の金髪の丁度境目らへんに優しく触れる。そして
「あるよ、ちゃんと」
用意してたよ、ちゃんと。どうしてか、やや掠れてしまった声で告げた。
その瞬間、先ほど同じ動きをしたときを上回るほどの速さで起き上がり――いや、立ち上がり、両手を机について目の前に置かれた箱と私の顔との間を何度も何度も往復させる。それから驚きと喜びとが半々の割合でミックスした表情をゆっくり溶かし、何故だかわからないけど、思いつめているような、けど幸福なような、でもとても苦しそうな顔をした。多分、今まで見たことがない、私にとって新しい水町くんの顔だった。
「……嬉しくて泣きそう……」
「泣かないで」
「俺、このチョコ一生大事にする」
「食べて」
胸に〝待ち望んでいた物〟を抱いた彼は本当に目を潤ませながら「もちろん!」と笑う。
お返しは三倍返しで、なんてよく言うが、私にとってはこの反応そのものがそれに該当してしまう。別にお返しがもらいたくてあげたわけじゃないけど。
それに私なりに最上級の笑みを浮かべて応えつつ、今日特に用事は無いのに、わざわざ学校に来て、会えるかどうかわからないのに辛抱強く彼を待ってみていて良かったな、と密かに思っていた。