疑惑のグリーン・ブーケ


「約束通り取って来たよっ」
ここのところ雨続きだったが、珍しく晴れた6月のある日曜日の夜。私の家の玄関で水町くんから弾んだ言葉と共に差し出されたのは花束――ではなく、それに見立てて純白のリボンや金糸が混じる綺麗な包装紙で飾り立てられたブロッコリーだった。

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学生時代の先輩の結婚式に呼ばれたと水町くんから聞いたのは3ヶ月前。朝晩にはまだ冬の匂いの残る、3月の頭のことだ。
帰宅時に覗いた郵便受けに入っていたという招待状を読みながら、彼は「前から誘われてはいたんだけどさ〜」だの「てか前に買ったネクタイどこやったっけ? 探さなきゃ」だの「あー! 御祝儀も用意しなきゃ!」だの、ひとりで忙しそうに、だが嬉しそうに騒いでいる。
彼とは大学からの付き合いだが、どちらかというと内向的で友達の少ない私と真逆で顔が広い彼は、20代も半ばを過ぎると年に数回程度、こうして誰かの結婚式に誘われていた。
私は水町くんの手の中にある招待状に書いてある日付を見て、「なるほど。ジューンブライドか」と招待された本人の彼が微塵も考えていないであろう単語を冷静に頭に浮かべる。
結婚式なんて、高校生の頃に年の離れたいとこに呼ばれたときと、昨年それほど仲の良くない職場の先輩から恐らく人数合わせ要員として呼ばれたときの2回しか参加経験のない私だが、それくらいの一般的な知識は持ち合わせていた。

「……そーいや結婚式と言えば俺、前から気になってることがあんだけどさあ」
一頻り騒ぎ終わったらしい水町くんは、やたら改まった口調で言う。
先に彼の家に上がって作っておいた夕飯を温め直し、淡々と食卓に並べながら私が「なに?」と返せば、彼はそれまで胡坐をかいて座っていたのに、何故かわざわざ正座をした。
よくわからないが、何やらただならぬ雰囲気だと思った。手を止めて、彼に倣って負けじと私もテーブルを挟んで正座をする。

――結婚式。招待状。気になること。

もしかするとこれから彼が話すことに関連するかもしれないそれらのワードを頭に並べると、どうしたことか。反射的に私の鼓動は勝手に早くなって、とてもうるさい音を立てた。
訪れた暫しの沈黙。そしてその後、彼は静かに口を開いた。
「あのさ。花嫁がブーケ投げるやつあんじゃん?」
「う、うん……?」
「あれって……男は参加しちゃダメなのかな」

一体何を言い出すのかと思ったら。

一気に脱力するも、とても水町くんらしい発想に思わず吹き出す。そんな私の反応に、彼はやや気まずそうに唇を尖らせた。
「ああ、ブーケトスね。うん、参加できるのは独身女性だけだと思うけど」
自分が過去に参加した式を思い返しつつ答えると、彼は再び足を崩し、「やっぱりそうかー」と呻くような声を上げる。 まだ彼の意図は理解できないが、とても残念そうにしていることだけはひしひしと感じていた。
「俺さぁ、あれ1回やってみたいんだよなぁ」
「え? ブーケを? 取りたいの? なんで?」
「なんか楽しそうじゃん。あと、つえー奴がひとりだけブーケ持って帰れるってのが分かり易くて良い!」
もう先程までの重々しい空気はどこにも無い。というか、そもそも私が勝手にそう思っていただけで、実はそんな雰囲気など端からなかったとでも言うかのようだ。
水町くんはいつもの底抜けに明るい雰囲気を纏いつつそこまで元気に言い切ると、私が配膳した料理に「いただきます!」と手を合わせてから、箸と茶碗を手に取った。

もう何度となく自分の作った料理を食べてもらっているが、美味しそうに食べてくれる姿をこうして眺める時間が私はとても好きだと思う。そして、幸せだと思う。
付き合って五年以上。具体的に将来どうしたいのか、という話は今のところまだしたことがない。なんとなく、そういうのは自分からはしにくいし、彼には彼の思っていることがあるだろうから。
それでも、私も彼も付き合った年数だけ歳を重ねて来た。やはりふとした拍子に期待してしまうのは、女として生まれて人を好きになったからには仕方のないことだろうと思う。
直感的に浮かんだ当てが外れてしまい、少しだけ切ない気持ちを、誰に言うでもなく心の中でそっと述べていたとき。
ふと、彼が箸を向けた緑色からあることを連想し、私は再び口を開いた。
「ブーケトスはできないけど、最近はブロッコリートスをやる人が増えてきたって言うよね。そっちなら水町くんも参加できるよ」
「ブロッコリー……? え、ブロッコリー投げんの!?」
「そう。花嫁がブーケ投げるみたいにね、新郎がブーケに見立てたブロッコリーを。今まで参加した式ではやらなかった?」
「無い無い! なんだよそれ、楽しそー」
きらきらと水面のように目を輝かせながら、視線を箸で摘まんだブロッコリーと私の顔との間を何度も往復させる水町くんはまるで少年のような純粋さを纏ってる。
その表情を見ていると、心に掛かっていた暗雲も綺麗にどこかに流れ去ってしまうような感覚を覚える。よくも悪くも、私は彼の表情や態度にとても影響されやすいな、と思う。
だが、めんどくさいなと思いながらも、そんな自分が好きなのだ。今までも、きっとこれからも。
「私は正直ブーケよりそっちの方がいいと思うんだよね。ブロッコリーなら食べられるし」
「確かに! ……じゃあさ、もし今度行く式でそれがあったら、絶対取ってくんね!」
拳を握り、高らかに宣言をした彼は気合十分といった面持ちだ。微笑ましく思いつつ私が小さく頷くと、彼は益々楽しそうに笑った。

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そして今日。あの日見た往復はがきに書かれた日付の当日。水町くんは夕方式が終わるやいなや「今から家行っていい? 渡したい物があんだよ」と連絡をしてきた。
顔を見ずとも声だけで十分わかる嬉しそうな様子に「なんだろう」とまたしても反射的に期待をして待っていると、出迎え早々に差し出されたのが例のブロッコリーである。
3ヶ月前に交わした(一方的に交わされたとも言う)約束と、それに付随する一連のやりとりを思い出し、まさか本当に取ってくるとは……と驚くのと同時に、なんだかそれも含めて水町くんらしいなと思い、笑みをこぼす。
同席した友達に撮ってもらったというキャッチした後の記念写真を見せてもらいながら、私は「よかったね」と鼻先に差し出されたブロッコリーに視線を落とした。
式場の人にその場で調理して出すことも提案されたらしいが、水町くんは私との約束があるからと言ってわざわざ断り持って帰って来たと言う。誇らしそうに語る姿が堪らないほど可愛くて胸がいっぱいになるのと同時に、私の脳裏にはひっそりと、ひとつのジンクスが浮かんでいた。

ブロッコリーを受け取った独身男性は次に結婚ができる。

果たして、それを水町くんは知っているのだろうか。
知らないのであれば、もし私が教えたらどんな反応を返してくれるのだろうか。
我ながらあまりよろしくない、けど好奇心には抗えない考えを巡らせていると、彼は「どしたの?」とやや不安そうに尋ねる。
それに「なんでもないよ。明日一緒に食べようか」と提案しながら、私は明日の朝、調理したブロッコリーを前にジンクスについて語る自分と水町くんの姿を、思い描く。そして、彼の大きな手ごとブロッコリーを両手で包み込んだ。
ふたりの未来を背負わせるにはあまりにも心許ないそれは、雨上がりにも似たにおいがした。