そんなに未来は苦くない


「おはよー」
何の変哲もない朝の挨拶と共に差し出された焼き菓子の包みが視界に入ると、カバンの中から数学のノートを出そうとしていた手が止まる。学校近くのケーキ屋さんのロゴが印刷されたお菓子の包み。それを差し出す大きな手。すらりと伸びる長い腕……と順番に視線を辿って行った先には満面の笑みを浮かべた水町くんが居た。
今日は三月十四日、ホワイトデー。バレンタインデーにチョコを貰った男性がお返しをする日。日本で生まれ育った人ならだれでも知っているであろうイベントのひとつであり、当然私もその文化はよくよく知っている。だが、私は今とても困惑している。だって、
「あの……私、水町くんにチョコ渡してないんだけど?」
声は震えていた。動揺していたのだから仕方ない。心の中で言い訳を並べていると、水町くんは漫画みたいに口を尖らせる。お菓子を差し出す手はそのままに。見つめ合っている状態なのが気まずくて、私は視線を逸らして数学のノートを机の中に滑り込ませる。続いてペンケースを取り出そうとしたとき、水町くんがもう一度口を開いた。
「うん。知ってるー」
「じゃあなんで……? 普通さ、チョコをくれた人にお返しするよね?」
「ま、細かいことはいいじゃん~受け取りなよ」
「いや、何もあげてないのに受け取れないでしょ」
何故だかわからないけどお菓子をぐいぐい押し付けてくるやたら強引な水町くんに返す声が思わず大きくなってしまう。隣の席で昨日見たドラマについて熱く語っていたクラスメイトがぎょっとした表情でこちらに視線を送ってきたのに気づくと同時に、私の耳のあたりは急に熱くなった。

差し出されたお菓子を私が素直に受け取れず、ムキになってしまっているのには理由があった。何を隠そう一ヶ月前のバレンタインデー当日、私は水町くんに渡すチョコを用意していた。恋人でも特段仲の良い友達というわけでもなく、ただ一方的に私が密かに〝そういう〟想いを寄せているクラスメイトへ手作りは重すぎるよな、とか、かと言って市販品でも数千円もするようなやつは本気すぎて引かれるよな、とか、バレンタインデーまでの数週間、あれこれ悩みに悩んで、結局当日の朝、学校に来る前にコンビニで手ごろな値段のやつを買った。けれども結局その日、私が水町くんにチョコを渡すことはなかった。渡すタイミングを逃したからというか、私が『なんて言って渡そうか』などと思案している間に彼の机の上にどんどん積み重なっていく大量のチョコレートやお菓子たちを見て、戦意を喪失したのである。
明るくて元気がよくて、勉強はあんまり得意じゃないけどスポーツができて、男女問わず多くの人から愛されている彼のまわりにはいつも多くの人がいる。そんな彼へ、イベントに乗っかってその他大勢と同じくチョコレートを渡したとて未来は何も変わりやしない。それにあの量だ。きっと誰からどれをもらったかなんて覚えていないに決まっている。そう考えると虚しくて堪らなくなった。勝手に想像して勝手にへこんで、結果的に私は家に帰ってからお父さんに持ち帰ったチョコをあげた。

一ヶ月前に抱えた黒くて苦い気持ちが再び胸の中に芽生え始めたのを感じて心臓のあたりを押さえていると、私の気持ちなど知るはずもない水町くんは相変わらずニコニコしながら胸に当てた手に突きつけるように菓子を差し出す。強引だなあ本当に。彼のそういうところが気に入っているというのは私もわかっているのだが。
「わかった。じゃあとりあえず受け取るから、一個だけ訊いてもいい?」
「ん? なに?」
「どうしてチョコをあげてない私の分を用意してたの?」
考えても考えても水町くんが私に渡していないチョコレートのお返しを用意している理由が思い当たらない。『誰からもらったか忘れちゃったからクラスの女子みんなに配っている』というのなら百歩譲ってまだわかる。が、今の会話の流れからすると水町くんは私がチョコを渡していないことを覚えているのは確実だ。
では何故?
本当にわけがわからない。だからせめて、その謎だけは明らかにしておきたかったのだ。
私の質問に、水町くんは私が大好きないつもの太陽みたいな笑顔を浮かべつつも一瞬だけぴくりと眉のあたりを動かした(ように見えた)。それから「んー……」と小さく唸ったあと、
「俺から渡しといたら、来年はチョコくれるかなーって思って」
様々なおしゃべりが交わされる騒がしい教室内でもしっかりと聞き取れる声で水町くんは宣った。確信と自信。その両方で満ちているようにも感じた。
「…………えっ?」
「あー! せんせー来た! またあとでな~!」
思考が追い付かず驚きで声も上手く出せないまま、古文の先生の登場により中断されたやりとり。
震える手の中におさめられた焼き菓子を胸に抱き、半ば崩れるように私は自分の席に座る。
――その言葉を私はどう解釈したらいいのでしょうか?
いまから学ぶ愛を込めた人の歌も、日常をうつくしい言葉で書き連ねた作家すらもきっと知り得ない、私と彼の気持ち。それを彼の言う「またあと」までに、私なりの結論は到底出せそうにないことは、回らない頭でも理解していた。