プレゼント予告


「筧、誕生日に何が欲しい?」
「だから何もいらねえって言ってんだろ」
「えー」
下校ラッシュが過ぎた学校から駅までのいつもの帰り道に、自分のことながら気の抜けた落胆の声が響く。なんの根拠もないけど今日こそは何か有意義な返事がもらえると思っていたのに。
5月の連休が明けた頃から幾度となく繰り返してきた質問に、同じく5月の連休が明けた頃から幾度となく返されてきた答え。気が付けば月は変わり、いよいよ筧の誕生日まであと3日となった今日、私はまたしても欲しい答えに辿り着くことができなかった。

去年の筧の誕生日、私は歌舞伎揚げをひとつあげた。正直に言うとそれは本来筧に渡すものではなく、私の小腹を満たすため鞄のポケットに存在していたものである。でも仕方がなかった。何せ私が筧の誕生日を知ったのが当日の朝だったのだから。
最初の席替えで隣になってやっとひと月経った頃だった。次々にやって来ては祝いの言葉を述べ、プレゼントを渡していったりいかなかったりする筧を慕う人々を横目で見て、お隣さんとして普段世話になっているから私も何かを渡そうと思い立ったのだ。
歌舞伎揚げを食べたことがないという筧の反応は、それはもう面白かった。彼と出会って1年が経ち、その間に色んなことがあって、ただのクラスメイトから関係が変わった今でも鮮明に思い出せるほど私にとっては印象的で大切な出来事だ。だが筧にとってはそんな日常の1コマなど記憶するに値しないどうでもいいことなのだろうと思われる。価値観は人それぞれなので仕方ないとは言えちょっと寂しい。
「あのねえ、それじゃあダメなんだよ。去年『筧の好きなものをあげる』って約束したし」
歩道の端にできた小さな水たまりを避けながら吐き捨てるように言うと、筧は変な間を空けることなく「それ、約束でもなんでもなくお前が勝手に言ってただけだろ確か」と返した。予想外にもほどがある発言であり、私は面食らって思わずその場に立ち止まる。
え。なんだ、筧も覚えているんじゃないか、あのときのこと。
私はぽかんと口を開けて、同じく立ち止まりこちらを訝しげな顔で振り返っている筧をじいっと見ていると、どこからかたどたどしいピアノの練習曲が聞こえてくる。揺らぎながら、躓きながらも前へ前へ進もうとする明るい旋律は、どことなく私たちの関係に似ている気がする。これはこれで味があって悪くない。遅効性の嬉しさにお腹の底が暖かくなっていくのを感じつつ、私は手を伸ばし、筧の大きな手を取る。そして指を丁寧に絡めつつ、そのまま引き寄せるように自分の胸元に添えた。筧は驚いた表情こそすれど、とくに抵抗はしない。されるがままといった具合だった。
「私が口にしたのだから、それはもう絶対に守らねばならないんだよ」
「どういう理屈だよ」
裏表のない性格の筧はある意味とてもわかりやすいけど、一方であまり自分の嗜好や好みを前面に出すタイプではないのでとてもわかりにくくもある。持ち物も見た目ではなく機能性で選ぶし、洋服にいたっては(その規格外な体格ゆえに仕方ないが)適したサイズがあったから選ぶという。だからあれこれ推測するより改めて本人に聞いてみるのが一番だと思って訊ねてみたが、正直ここまで難航するとは思っていなかった。あまりこういうのを比べるのは良くないが、多分彼の友人の水町に同じ質問をしたら百くらいの答えが返ってきそうなのに。
「とにかく教えてよ、筧の好きなもの」
「好きなもの……」
「好きなもの」
誕生日にかこつけてはいるが、単純に知りたい気持ちも当然ある。好きな人の好きな物を知りたいというのは一般的にごくごく自然な発想だ。数多の願いを込めつつ深海みたいにきれいな瞳を見つめていると、夜の海みたいに静かに、しばらく黙っていた筧はようやく口を開いた。
「…………なら、」
かと思ったら、絡んだままの指にぐっと力がこもる。それから今度は先ほどとは反対に、私の身体を引き寄せるようにし、あっという間に自分の顔を私の顔に近づけた。距離がほぼゼロに近い状態で、視界の隅にちらりと見えた筧は微かに笑っているように見えた。
なにが面白いの?
そんな問いを私が口にする間もなく、というかそもそもじっくり考える暇もなく、唇に暖かいものが触れた。私の呼吸も時間すらも止まったような感覚に陥る中、心臓の音だけがどきどきばくばくとうるさく鳴り響く。筧にも、周りの人にも聞こえているのではないかと心配になるほどに。
「今年は、これでいい」
たった数秒なはずなのに数十秒、数分、数時間にも思えた間のあと、筧はそう言って何事もなかったかのように歩き始める。どんな表情をしているのか私が認識するよりも先に、まるでさっきのは幻だったとでも言うように。
「……えっ……まっ、待って!」
叫びにも似た声を上げて慌てて遠ざかる背中を追う中、相変わらずふらついたピアノの音と私の心臓の音、そして私の唇に微かに残る筧の低めの体温が静かに、でも確かにそれを否定をしていた。