ピルエット


毎年決まって、年が変わる直前のこの数十分間は目に見えない何かに急き立てられるような、そんな妙な感覚に襲われる。
叶えられなかったこと、やり残したこと、そんな1年分の溜まりに溜まった後悔が一気に押し寄せるかのように。
残された僅かな時間で何ができると聞かれれば「何もない」と答える他ないのだが、それでもこの気持ちは収まることがない。
あの時ああしておけば、そちらの選択肢を選んでおけば、こうしておけば。脳みそも年末年始くらい休めば良いものを、次から次へ「たられば」と、新たな後悔を生み出しては僕を悩ませる。
そんな、この錯綜する思考を止める手段は、僕が知る限りではたった一つ――

「こたつを発明した人は、天才だと思うわ」
「それ、昨日も言ってなかった?」

――彼女の呑気なつぶやきに相槌を打つことのみ、である。

僕の斜め前に座り、冷んやりとしたこたつのテーブルに顎を乗せもごもご喋るは、僕とはまた別の意味で悩まし気な表情を浮かべている。
後悔や焦燥ではなく、恐らくその原因は『退屈』。
これは先ほどからテレビに僕には到底理解できないようなツッコミをひっきりなしに入れている様子から推測した結果だ。
「いいじゃない事実なんだから。何度だって言わせてよ。こたつを発明した人は、」
、みかん食べる?」
「食べる~」
不満そうに僕を睨み食ってかかるに、テーブルの真ん中に乗ったみかんの入った籠をずいと差し出すと、彼女はいとも簡単に表情を緩ませた。

は驚くほどに単純で、そして眩しすぎるほどに純粋だ。
同じ時間を過ごす間にお互い髪が伸びたり、短くなったり、好きなものが変わったり、マイブームが変わったり、住む場所が変わったり。
今年1年の間にも変化したことはそれなりに多かったが、これだけは出会った頃から変わらず、どんな感情を抱えているときでもはその澄んだ心で僕を受け入れてくれた。
そして恐らく、これからも。
これには僕の希望も少なからず入っているのだが、まあひとまずそれは置いといて。
――兎にも角にも、その揺るぎない真実がどうしようもなく嬉しくて、愛おしくて、僕は思わず唇を綻ばせた。
「もうすぐ、今年も終わるね」
山盛りに籠に積まれたみかんをひとつ取り、手のひらでころころ転がしながらは何かに浸るように零す。
それに対して「うん」と相槌を打てばは楽しそうに笑い、みかんの窪みに親指を立て爽やかな香りを撒き散らした。
その香りに釣られ、僕も籠のみかんに手を伸ばす。
冬の澄んだ空気によく馴染むこの香りがそこら中に漂っているのであろう彼女が生まれたあの国は、やはり羨望に値する。
甘酸っぱい飛沫を頬に浴びながら、僕はそんなことを考えた。

「…は今年やり残したこと、ないの?」
「へ?」
僕はみかんの皮を剥きながら、綺麗にすじをとったみかんを大口を開けて頬張るに何の気なしに尋ねると、彼女は素っ頓狂な声を上げ目をぱちぱちとさせた。
至極当然の反応である。僕は藪から棒に質問をぶつけたことにやや反省をしつつ、言葉を添えた。

「今年のうちにやっておきたかったけどできなかったこと、とか」
「え?…あぁ、うーん…どうかなぁ……」
必死に今年の出来事を振り返るかのようには眉間に皺を刻むが、みかんを口に運ぶ手は決して止めようとしない。
器用と言うべきか、食い意地が張っていると言うべきか。
その様子に、自然と笑みが溢れ出た。
「…あったような気もするし、ないような気もする」
「結局どっちなの、それ?」
「…………どっちだろうね?」
「っははは、」
がみかんを頬張る片手間に捻出した曖昧すぎる答えに僕が声を上げて笑うと、彼女は照れたような笑みを湛えた後、ゆっくりとした動作で皮の上にみかんを乗せ、ふっと短く息を吐いた。
それから両手をこたつ布団の中に仕舞い、何かを言おうか言わまいか悩むように上半身をゆらゆら前後に揺らす。
その動作が寒さに震えるようにも取れたため、「暖房の温度、上げる?」と問うと、は「大丈夫」とはにかみを残したまま首を横に振った。

訪れた沈黙は、不思議と心地が良い。
それを味わいながら僕はみかんの皮を剥く手を一旦止め、彼女と同じくこたつ布団の中に手を入れ、彼女の言葉を待つ。
間もなく日付が変わる。
ふと気がつけば、僕が当初抱えていた今年への後悔は、いつの間にか綺麗に消え去っていた。

やがて、静けさが部屋中を十分に満たしきった頃、はややもったいぶりながら唇を開いた。
「……私はね、どっちでもいいんだよ。やり残したことがあっても、なくても」
「うん?」
「だって、私にとってイワンと過ごしたこの1年は、特別だったから。それで十分」
そう言って、光が散るような笑顔をが湛えるとほぼ同時に、家の外で花火が上がる音が響く。
嗚呼、新しい年がやって来た。

そうだ、これは2人で迎える、特別な、