「ただいま」
「おかえり、早かったね」
「ん~」
読んでいた雑誌から顔を上げ、右手で器用にブーツの紐を緩めながら味気ない返事をするライアンを「お疲れ様」と出迎える。
HERO TVの中継が終わった後もかけっぱなしにしていたテレビを横目で確認すると、見るからに退屈そうな年末の特別番組とやらを放送していた。
今日は12月31日。時間はPM23:30…くらい?多分。いわゆる今年と来年の狭間ってやつだ。
自分の誕生日だろうがクリスマスだろうが町中が沸くフェスティバルの日だろうが1年の最後の日だろうが関係ない。事件が起これば現場に急行する。それが彼らヒーロー。
しかし、ここ連日の出動要請に、流石の重力王子殿も結構参っているようであった。
覇気の無い口調。垂れ下がった目元。くにゃりと曲がった背中。プライドの高い彼は決して負の言葉を口にはしないが、それらが全てを静かに物語っている。
「俺様の昼寝を邪魔した犯人を絶対に許さねぇ」
冷蔵庫から取り出したミネラルウォーターを一気飲みした後、彼は苛々と言い放つ。
それに対してまあまあ、と私が窘めるように笑えば、彼は眉間に深い深い皺を刻んだ。
「無事捕まえたんだからいいじゃない」
「やーだね。この釈然としない気持ちをどこにぶつけてくれようか…」
「ちゃっかりポイント獲っといて。贅沢言わない」
「だってぇ」
くそ。俺の貴重な睡眠時間を奪いやがって。
ライアンは吐き捨てるように言い、水の入ったペットボトルをローテーブルに置く。そしてそのままよろよろと私が座るソファに歩み寄り、「わ、」横から強く私を抱き寄せると、耳元で犬のようにすんすんと鼻を鳴らした。
頬と首筋に彼の髪の毛が触れる。それが妙に擽ったくって、私は思わず笑い声を上げる。
つられて笑う彼が吐く短い息が、心地よく首筋を撫でた。
「…ちゃん、なんか良い匂いがする」
「お風呂入ったからね」
「えっ!?入ったの!?ひとりで!!??!!」
「入ったよ。だってもっと遅くなると思ったし」
汚れちゃうでしょ、と左手でライアンの頭をどかしながら返せば、彼はヒーローが聞いて呆れるような情けない表情を浮かべた。
「ええー!何それ!?意味わかんない。楽しみにしてたのに…」
「いやいや、何をよ」
何で風呂に入ったくらいで怒られなくちゃならないんだ。っていうか楽しみにしてたって何を。
ツッコみたいこと、聞きたいことは沢山あったが、私は敢えて黙ってただひたすらに駄々をこねるライアンに冷たい視線を送る。
彼は暫くむすっとした表情で私を見つめていたが、やがて諦めたようにふうっと短い溜息を吐き、そのままこてんと力なく、倒れるように私の膝に頭を乗せた。
「ライアン、重い」
「知らない。もういい、俺今日はこのまま寝てやる」
「……せめてお風呂入ってきたら?」
「やだ。めんどい。ちゃん一緒に入ってくんねーし」
「子どもか」
「子どもでいい」
「大きな子どもだ」
「ふん」
拗ねるように目を閉じて口をすぼめる彼の顔を覗き込みながら、私は彼の顔にかかる髪を指先で払う。
彼は一瞬擽ったそうに眉を顰めたが、すぐに慣れたのか穏やかで且つそれはそれは満足げな表情を湛えた。
「…おやすみ、ライアン」
「………おやすみ……」
ふにゃふにゃと答える彼は本当に、5歳かそこらの子どものようだ。
テレビの中で人のために駆け回る彼も勿論好きだけれど、やっぱり私はいい年をして拗ねたり、嘆いたり、甘えたり、気取ってみたり、色んな表情を代わる代わる見せてくれる彼が、好きだな、なんて。本人には照れくさくてとても言えないけれど。そんなことを考える。
さて、明日は、来年は、どんな顔を見せてくれるだろう。
「来年も、よろしくね」
「……んん」
夢の淵に立つ彼に私の言葉が届いたか届いていないのかはわからない。
まあ、別に届いて無かったとしても構わない。
焦らずとも時間はいくらでもある。
たくさんの想いは、全部未来の彼が、