君はスーパーラジカル


「…うん、そこ。噴水の近くにさ、ベンチあるじゃない?……うん、あるの……いやいや、そっちじゃなくて………あ、そうそう!うん、花壇がある方………うん!………そこに座って待ってるから……はーい」
急がなくて良いからね、とは自分の今までの経験上、98%くらいの確率で急いでやって来るであろう相手を気遣う一言を添え、電話の画面に表示された通話終了のボタンを押す。
冬の寒さが厳しいことで有名なシュテルンビルトにも淡い色の薄手の上着を羽織る人々が溢れきた今日この頃。
心地の良い日差しが惜しみなく降り注ぐ公園のベンチに座り、は澄み渡る青空を仰いだ。

『5分くらい遅れそう』って、別にメールで一言言ってくれればそれでいいのに。
人気者の考えることはわからない。つくづくそう思う。
いや、恐らくそれは今は関係ない。きっと気質の問題なのだろう。
“彼”は図太い神経を持つ自分とは釣り合わないほど生真面目な人間だから。
――などと些か失礼とも取れることを考えながら時間を少しばかり持てあましたは、春の陽気に誘われた初老の男性たちがマンドリンを片手に口ずさんでいる底抜けに明るい異国の歌をBGMに、携帯電話でネットのニュースを流し読みし始める。
しかし、特に興味がそそられる内容の見出しを見つけることができず、数分も経たないうちに鞄の中にそれを仕舞った。
変にそわそわしてしまうのは、この心地良すぎる気候のせいか。(それとも、他の理由か。)
コホンと無意味な咳払いをひとつしてから、はこれまた特に意味も無く、スカートをぽふぽふと叩き、皺を整えた。

確か、5分くらいって言ってたっけ。
そろそろ来るだろうか。
まだ早いかな。
でも、根拠は無いけど、なんとなく――
風に揺れる木々のようにざわつく心を携えながら何気なく顔を上げると、「あっ」予感は見事に的中。
が座るベンチの数十メートル先で、肩で息をしながらきょろきょろと誰かを探すように辺りを見渡す男性――先刻の電話の相手であり、真面目すぎる程に真面目なの恋人。
そして、この街で知らない者はいないと言い切っても不足の無い男、バーナビー・ブルックスJr.の姿が目に止まった。
「バニーちゃん!」
長年一緒に過ごしていると、彼の存在を感知するセンサー的な物が内蔵されるのだろうか。
くだらないことを考えながら、ベンチから立ち上がり、は右腕を大きく左右に振り呼びかける。
それに気づき早足でこちらに歩み寄ってくるバーナビーの表情はどうしたことか、これから恋人との待ち合わせ場所に現れる者に相応しいとはお世辞にも言えないほど険しいものであった。
しかしはそれに対して何の疑問を抱くことはなく、穏やかな笑みを湛えながら彼の到着を待った。

「意外と早かったね。走ったの?急がなくて良いって言ったじゃん」
「あの、、僕はバニーではなく、」
「…ねえ?」
「はい?」
「もしもあそこで私が大声で『バーナビー』なんて言ってみなよ。今頃大騒ぎだよ。こんなに人がいるんだよ?」
「………それは…っ…」
「感謝してよね、バニーちゃん?」
悪戯っぽく微笑むに返す言葉を見つけられなかったバーナビーは、ばつが悪そうに眉間に小さな皺を刻んだ。

*

色とりどりの花が咲く、隅々まで手入れの行き届いた花壇を横目で見ながら2人は並んで公園を横切る。
自身あまり植物に詳しい方ではないし、どちらかと言えば、『花より団子』。
そんな自分でも綺麗に咲く花は見ているだけで自然と心がじんわり和らいでいくから不思議である。
バーナビーの向こうにちらりと見える鮮やかな赤が芝生によく映える花を眺めつつ、は口を開いた。

「ところでバニーちゃん、仕事は大丈夫だったの?」
「ええ、取材が思いの外長引いてしまっただけですから」

歩いているうちにすっかり機嫌も直ったらしいバーナビーは、先ほどまでの気むずかしい表情から一転。
彼の隣で咲く花々のような満開の笑みを浮かべていた。
気持ちの切り替えが早いのは大人と言うべきか、子どもと言うべきか。
は溢れそうになる笑いを、口元を掌で覆うことでごまかした。
「そっか、事件じゃないんだ」
「はい。ジャスティスデーが近いですから、そのPRも兼ねて最近は色々と動いていて」
「…ああ」
ふいにバーナビーの口から飛び出した単語に、は隠し味程度の驚きが入り交じった声を上げる。
別に、何か不都合なことがあったわけではない。
ただ、その単語が妙に懐かしく感じてしまっただけだ。
記憶の片隅に埃が被った状態で置いてあった、その単語。
はしみじみ「ジャスティスデー」と、噛みしめるように言葉を繰り返した。
「そっか、もうすぐ1年経つんだね」
「ジャスティスデーから、ですか?そうですね」
「うん。まあ、それもだけど…」
「はい?」
言葉を濁すに、バーナビーは咄嗟に不穏な視線を向けた。

ジャスティスデー。
それは街のシンボルとなっている女神を祭る、シュテルンビルト市民が最も楽しみにしている行事のひとつである。
毎年フェスティバルの日が近づくと当日にかけて至る所でパレードやイベントが行われ、街全体が大きな盛り上がりを見せる。
そんな誰しもが楽しみにしているフェスティバルだったが、昨年はとあるNEXTが引き起こした事件により、中止という措置をとらざるを得なくなった。
――だから今年は、昨年の分まで。
そんな市民の想いが、女神と同じくこの街の象徴とも化しているバーナビー達ヒーローにも反映されているのであろう。

もそのような賑やかな場は嫌いでは無い。寧ろ好きな方である。
ジャスティスデー当日も、もしかすると今年も仕事で客として楽しむことはできないかもしれないけれど、雰囲気だけは味わいたいと思っている。

しかし、そんな楽しい一大イベントを語る中で、どうしてもの胸に引っかかり、頭を過ぎる人物が居たのだ。

「あの……?」
自分の顔を覗き込み呼びかけてくるバーナビーによっては現実に引き戻される。
いけない、意識が飛んでいた。
は「ごめん」と困ったように笑いかけ、小さく謝った後、

「ライアン」

脳裏に浮かぶ、自分の心を締め付けていたその名をひと思いに吐き出した。

「……………!」
「ライアンがいなくなってから1年経つんだなって、」

思ったの。
そんなの言葉に、バーナビーがほぼ反射的とも言えるスピードでピクリと片眉を持ち上げたのを、は決して見逃さなかった。

さすらいの重力王子、ゴールデンライアンことライアン・ゴールドスミス。
昨年のジャスティスデーの少し前――丁度今頃の時期に他の地区からやってきたヒーローであり、バーナビーの元相棒である。
ふたりはパートナー同士でありながらまさに水と油のような関係であり、最初こそ折り合いが付かなかったものの、件の事件を通して少しだけ信頼関係が芽ばえ始めた。
――が、事件収束直後、ライアンは彼なりに思うところがあったらしく、バーナビーは元々彼が組んでいた相手であるワイルドタイガーとコンビを再結成すべきだと提案。
当の本人はと言えば、ほどなくして海外から来たオファーに快諾し、それまで所属していたアポロンメディアとの契約をあっさりと解除。そしてまさに嵐のように足早にこの街を去って行ったのである。

当時からバーナビーと交際をしていたはライアンとも面識はあったし、歳が近いということもあって気が合いそれなりに親しくしていた。
(自分の隣でむくれているバーナビーはと言えば、どうやらそれが気にくわなかったようなのだが。)
しかし多忙なのか、ライアンは移籍後に一度も連絡を寄越したことはなく、は海の向こうに渡った友人の動向を密かに懸念していたのだ。

「……ねぇ、バニーちゃん。そんなあからさまに嫌そうな顔しなくても」
「してません」
ぴしゃりと戸を閉じるように反論するバーナビーに「そう?」と問えば、彼はこくりと深く頷いて見せる。
(こりゃ相当気にしてるわ。)
やっぱり言わなきゃよかったかな。
はバーナビーにわからないよう、小さく肩をすくめた。

そのようなやりとりをしているうちに公園を抜けた2人は、人通りの少ない通りに出る。
石畳に慣れないヒールの音を響かせながらはバーナビーの左手に自分の右手を絡め、再び先ほどの話題を持ち出した。
「結局あれっきり一度も帰ってこなかったね、ライアン」
「また彼の話ですか」
「うん」
「……忙しいんでしょう、彼は彼で。真面目に働いているのかどうかは知りませんけど」
「連絡取ったりしてないの?元同僚でしょう?」
「……………」
「んっ?」
の何気ない問いかけに、バーナビーは何の前触れもなくぴたりと足を止める。
はて、自分は何かおかしなことを聞いただろうか。
同じくバーナビーの数歩先で足を止め、振り返りながらが思いを巡らせていると、バーナビーはやがて苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
「………偶に、会社のメールアドレス宛に彼が自分で撮った写真が送られてきます」
「…えっ!?なにそれ!初めて聞いた!」
おずおずと漏らされた予想だにしなかったバーナビーの発言に、は思わず声を荒げる。
すれ違う男性がちらりとこちらに好奇の目を向けるのがわかったが、それを気にしている余裕は今のにはなかった。
「今、初めて言いましたからね」
開き直るようにけろりと宣うバーナビーの元にはつかつかと歩み寄り、彼お気に入りの赤いライダースの胸元にぐっと掴みかかる。
それから責めるようにバーナビーの上半身を揺さぶると、彼はから器用に視線を外しながら眼鏡をかけ直した。
「うそ、どうして教えてくれないの!?」
「言う必要がないと判断したので」
「必要!あるよ!見たい!見せて!」
「…無理です」
「どうしてよ!?」
バーナビーは問い詰めるを自分の体から優しく引き離し、頭上に右手を添え、子どもをあやすように軽く撫でる。
そして深く息を吸い、

「全て問答無用で削除しましたから」

その、短いながらにいくつもの鋭利な棘を含んだ言葉と一緒に一息に吐き出した。
「ひっ、ひどい……」
バーナビーの「自分はやってやったぞ」というどこか得意げな表情と子どもじみた行動。
それらには呆れつつも、同時に『なんとなくバーナビーらしい』とも思え、ふっと肩の力が抜けるのを感じた。

(でもやっぱり、消すのはちょっと酷くない?)

加えて、海の向こうに渡った友人の気持ちに寄り添うことも忘れずに。

*

ダウンタウン地区にほど近い場所に位置するそのカフェは、最近雑誌でも取り上げられたこともあってかウィークデーの夕方にも関わらずそれなりに混雑している。
とバーナビーは運良く空いていたオープン席の隅に座り一息吐いていた。
もっと人が少ない場所を選ぶべきだったかな、と「ここに行きたい」と提案したは最初こそ後悔をしたが、自分の取り留めのない話にもリラックスした様子で相槌を打つバーナビーの姿から、やがてそれが杞憂であったと気づかされた。
2人が一緒に暮らし始めて随分と経つ。
しかし普段は互いに不規則な生活を送っているため、このように休みが重なった日に他愛も無い会話や互いの仕事の近況を報告し合う時間を、はとても楽しみにしていた。

バーナビーが最近どんな取材を受けたかという話。
の上司の親バカっぷりがひどいという話。
でも最近腰を痛めたらしく、少し可哀想だという話。
家の近所で見つけた子猫の話。
互いの口から紡がれる話題にはなんの意味も統一性も持たないが、何気ない話題であってもふたりで共有するとまた新たな発見があった。

そして、先ほどふたりが歩いて来た公園の花壇と同じくらい、会話に大輪の花が咲き、ふたりの前にあるカップに注がれた紅茶が無くなる頃。
バーナビーは通りを行き交う人々に視線を向けながら、改まった口調で「」と呼びかけた。

「なに?そんなに改まって」
「……さっきの話の続きですが…」
らしくない。と率直には思った。 いつもの「自分が正しい」と言わんばかりの自信に満ち溢れた表情ではなく、お茶を濁すようにもごもごと話すバーナビーはどこか落ち着きがなく、不審感を抱かざるを得ない。 そんな様子だった。
「さっき?……って、私の上司がぎっくり腰になった話?」
「いいえ、」
「じゃあ…あ、猫?」
「いえ、それでもなく、ここに来る道中でしていた話です」
「……えっと、ごめん。何の話だっけ?」
が小首を傾げバーナビーに問えば、彼は態とらしく咳払いをし、自分の奥底に眠る何かをひねり出すように言う。
「…………ライアン、です」
「…ああっ!」
色んな話したから忘れちゃってたよ。
が声を上げて笑うと、バーナビーもそれに釣られるように「そうですか」と唇の端を持ち上げた。
「で、ライアンが何?」
「……はライアンに、会いたいですか?」
「うん~?そりゃあ、まぁ、できるなら?」
バーナビーの方からライアンの話題を振ってくるなんて珍しいこともあるものだ。
先ほどまではあんなに不機嫌そうな顔をしていたのに。
はバーナビーがしてくる質問の意図を上手く汲み取ることができないまま、ぼんやりと曖昧に返事をする。
そんなと対照的に、バーナビーは間髪入れずに質問を投げかけた。
「どうして?」
「いや、どうしてって…友達に会いたいと思うことは、普通じゃない?」
「………」
そして再び黙り込んでしまったバーナビーを不審に思いながら、はカップの底に僅かに残っていた紅茶を全て飲み干す。
一方でバーナビーはと言えば、の向かい側で相変わらず釈然としない表情を浮かべ、すらりと長い腕を組み俯いていた。

(……なんだろう、この違和感。)
これは自分の勘違いではない。やはり今日のバーナビーは様子がおかしい。は確信した。
今までの一連のやりとりと確信。
それらを経て遂にしびれを切らしたが「一体何が言いたいのか」と問いかけようと口を開きかけたまさにその瞬間。バーナビーは固く閉ざした貝のような口を漸く開いた。
が――
「今年の夏、連休取れそうですか?」
「……………………………はい?」
突拍子がないのにも程がある。
藪から棒どころか、まるで鉄骨が出てきたかのようなバーナビーの問いかけに、今度はの動きと思考が完全に静止した。
「…………ん?………えっと、夏?…連休?」
暫くの沈黙の後。は回らない頭で必死に考え、バーナビーの言葉を繰り返す。
バーナビーは基本的に頭の回転が速い。
市民の命を守る仕事をしている者としては100点満点と花丸をあげたいところではあるが、今のにとっては頭を悩ませる問題にしかなり得なかった。

「はい」
「……ま、まあ、まだ先のことだし、今から言えば多分…」
「そうですか。それはよかった」
「えっ、ていうかなんで?何か今日バニーちゃん変じゃない?」
ふたりの間に存在する明かな温度差を感じながらが問いかけるも、バーナビーは少しも気に止めていない様子である。
それどころか、どことなくその表情は晴れ晴れとしているようにも取れ、の中に沸き上がる不審感は蓄積される一方であった。
そしてバーナビーはその積もり積もった不信感を音を立てて崩れ落とす、とどめの一言を刺す。


「だから何よ、バニーちゃん?」
「…もし、休みが取れたら……」
「うん?」
「旅行に、行きましょうか」
「………………………は?」
の短い頓狂な声が、三度黄昏時のカフェにこだました。
「聞こえませんでしたか?旅行です」
「…………えっ?……待って?旅行?なんで?え?どこに?ふたりで?」
「そうです。他に誰を連れて行くというんですか」
2歩も3歩も先を行くバーナビーの言葉には思わず頭を抱え、頭一杯に疑問符を浮かべる。
なんで?
どうして?
休み?
旅行?
今そんな話、してたっけ?
――っていうか私たち、そもそも何の話してたんだっけ?
額に季節外れの汗を滲ませ目を白黒させている
しかし直後、バーナビーによって添えられた一言により、自分の中で欠けていたパズルのピースが音を立て、ぱちりとはまった。

「『写真』よりも、どうせなら『彼』本人に会いたいでしょう?それに、写真は僕が消してしまいましたから…」
「……………ああっ!」

【写真】と【彼】。
そのふたつの単語が示すもの。それはが知る限りではひとつだけだった。

「つまり、その……ライアンの、ところに……ふたりで?ってこと?」

導き出した答えを確認するため、が恐る恐る問いかける。
するとバーナビーはカップを顔の前に傾げ、返事の代わりに小さく微笑んだ。
「前向きに考えておいてくださいね」
「ああ……うん……」

(もしかしてこの人、他の話をしてる時もずっとこのことを考えていたんじゃ…)

あり得る。彼なら、十二分にあり得る。
晴れ渡る青空のように爽やかな表情を浮かべ優雅にカップを口に運ぶバーナビーの姿を見つめながら、は比較的重めの溜息をひとつ吐く。
――けれども、不思議と気分は悪くない。
悪く無いどころか、陽気な鼻歌のひとつでも歌いたくなってくる、そんな気分で胸中が満たされる。
ご機嫌なステップを踏みたくる衝動を、テーブルの下でかかとをコツコツと鳴らすことでどうにか抑えたはふっと表情を和らげた。

(きっと彼なりに、一生懸命考えてくれたんだろうな、バニーちゃん。)

クールで人気なみんなのヒーロー。
でも実は彼女である自分が他の男の話をしているだけで嫉妬をする、とんでもないヤキモチ焼きで、寂しがり屋で。
それでいて、いつだって自分の気持ちを汲んでくれて、考えに考え抜いて答えを出して、それを提案してくれて。
しかし、肝心なところは決して口では言わない。
そんなところが、なんと言うか、
「バニーちゃんってさあ」
「はい」
「律儀っていうか…真面目だし、しっかりしてるし、素敵な大人だなあって思うけど」
「……はい?」
「ちょっと大人気ないところ、あるよね」
「…………」

(とても、かわいい人。)

テーブルに頬杖をつき、は面食らったように目をぱちぱちとさせる、大人になりきれない愛おしい大人の瞳を覗き込む。
糸が紡がれるように絡み合った視線は、やがて豊かな温度を生み出した。

*

「旅行、楽しみだね?」
「はい」
「ライアンに会うのも」
「………」
「意地っ張り」
「…はい」

title:君はスーパーラジカル(YUKI)