ぽきんと半分に割ってシェア出来るタイプのボトル型アイス(コーヒー味)を、上司から借りたというハードカバーの分厚い本から一瞬たりとも目を離そうとしない三成の前に「ん」と差し出すと、私の顔とアイスとの間の空間を視線でゆっくり三往復くらいした後「…要らん」ときっぱり断られた。三成の部屋に来る途中寄ったコンビニでそのアイスを購入した時から今までの流れは大方私の予想していた通りだったので、特にショックを受けるわけでもなく、「だよねえ」と苦笑いを残し、差し出した手を引っ込めて、そのまま尖らせた自分の唇にアイスの先端をねじ込む。久しぶりに食べるとやたら苦く感じるのは何故だろう。アイスを咥えたまま、コンビニの袋をがさがさ音を立てて漁り、中に入れっぱなしにしていたアイスの片割れを取り出して、氷と私が作って入れてあげている冷凍の焼きおにぎりくらいしか入っていない冷凍庫の中に放り込んで足で蹴るようにして閉めれば、いつの間にか本から私へと興味の対象を移して一連の動作を見ていたらしい三成に「行儀が悪い」と文句を言われた。
「文句言うくらいなら食べてよ。折角買って来たのに」
「買って来いと頼んだ覚えは無い」
「人の家にお邪魔するなら手土産くらい持たないとじゃん」
あと、暑かったし。アイスのせいで苦みを多く含んだ唇の端を吊り上げて、どすっと三成の隣に置かれたクッションの上に私は腰を下ろし顔を覗き込む。すると三成は言葉ではなく、眉間に皺を増やす事で答える。それを確認した私は特に意味も無く、アイスの容器を人差し指と親指の先で摘み、三成の鼻先で小刻みにふるふると振ると、彼は心底鬱陶しそうに目を細めた後、「…妙な気遣いは不要だ」と薄い掌でそれを払いのけた。妙な気遣い。それはつまり、『私と貴様の仲だろう』ってこと?茶化すようにそう尋ねようと口を開いたが、何もかもを見透かすような三成の瞳に牽制され、為す術の無くなった私はただ喉の奥を猫のように鳴らす。お化けも雷も平気だけれど、私はこの星空を机上サイズに凝縮したような色の瞳にだけはめっぽう弱い。
何だかすっかりばつが悪くなってしまった私はアイスを咥えて、本の虫に戻った三成の向こうにあるベランダに目を遣る。ぶら下がったレースのカーテンを不規則に揺らす風はぬるく、此処へ遊びに来たときよりも湿気を多く含んでいる気がした。公園や植え込みの緑もグラデーションを効かせながら深みを増す今日この頃。これから梅雨に入れば湿度は今よりもっと高くなるし、梅雨が終われば終わったで今度は太陽と紫外線が本領発揮する夏がやってくる。楽しいことは探せば沢山あるだろうけど、皮肉れ者の私も三成も夏はあまり得意ではない。朝は蝉の声で起こされて、昼間は社内の不安定な空調の中で体温調性をするのに四苦八苦し、夜になればなったで寝苦しさとの戦いが待っている。そう、差し出したアイスを断られるのと同じ。粗方の事は、私が予想する通りになる。そんな予想のままになるこれから先のことを考えただけで気が滅入ってしまい、私は外気に負けないくらい湿っぽい溜息をこっそり吐く。自分ではこっそり吐いたつもりだったが、基本自分自身を含む人間の気持ちに無頓着な癖して変なところで目ざとい三成に見つかってしまい、「どうした」と不機嫌そうに尋ねられ、変なところで意地を張る性格の私は「どうもしない」と彼に負けないくらい不機嫌な声色で返した。
「どうもしないわけがあるか」
「どうもしないわけあるよ。現に今がそう」
「御託を並べるな。言え」
「妙な気遣いは不要だよ」
突っぱねるようにそう言うと、ムキになった三成は「貴様」と唸り、眉を吊り上げる。それから憎たらしいほど細長い指先で私の頬を摘んで――と、私は予想していたのだが、どうしたことか実際はそうはならず、眉を吊り上げるどころか若干ハの字にしてだんまりを決め込んでしまっている三成のあの瞳に再びがっちりと捉えられただけだった。至極面倒な性格だとは、小学校高学年くらいの頃から自覚している。別に怒られることが好きなわけではないけれど、怒られると思っていたのに怒られないと調子が狂う。そしてそれと同時に、何よりあんな雨の中彷徨う子犬みたいな目で見られてしまっては、この上なく惨めな気分になってしまうではないか。全く、勘弁して欲しい。すっかり力が抜けてしまった私は、あの視線から逃れるべく、無理矢理三成の手中に食べかけのアイスを押しつけて、そのままずるずると崩れ落ちるように床に寝そべる。するとばさっという乾いた音の後(人から借りた本は大事に扱いましょう)、上から覗き込んできた三成は「、」と心配そうな声色で私に呼びかけた。ブラウス越しに伝わるフローリングの冷たさが、気持ち良かった。
「…ねー三成」
「何だ」
「…私は別に、三成に気遣ってるわけじゃ無いよ」
「………。…貴様は何が言いたい」
「そんで、三成も私に気遣ってるわけじゃ無い。そうでしょ?」
そうなんだよ、私達は。(だって似てるから)
両腕を伸ばし、三成のお世辞にも肉付きが良いとは言いがたい両頬に手を添える。蛍光灯を背負っていて逆光になっているせいで表情は良く見えなかったが、アイスのせいで冷たくなっている指先に驚いたのだろうか。骨張った三成の肩がぴくりと一瞬震えたのを、私は見逃さなかった。
「…だから、何が言いたい」
「えっ。なんだろう?」
「貴様」
「…あ、あれだ。あの、もっと素直になりたいねって話」
お互いにね?そう付け加えると、逆光の下で三成は驚いたように目を見開いた後、流れ星が落ちる間くらいの短い時間、「ふ」と微笑んだような気がした。
「…貴様の言うことは理解出来ん」
「……今笑ったくせに……」
「……」
「ごめんなひゃい」
鋭い視線と共に私の鼻先を摘む三成に慌ててて謝罪の言葉を寄越すと、「いつまで寝ているつもりだ」と言って乱雑に抱き起こされ、相変わらず不機嫌そうな顔をしている三成と鏡のように向き合う。彼の傍らでひっくり返ったままになっていた本に手を伸ばし、拾い上げて折り目が付いていないか確認していると、三成は徐に私が押しつけたアイスの先っぽを口に含み、梅干しでも食べた時の様に顔を顰めてから「…甘い」と呟いた。カーテンの隙間から吹く風はやはりぬるい。しかし、この世界は私が思っていたよりも予想通りにならないように出来ている物なのかもしれない。主に、愛する人に関しては。自分と同じ、素直になれない目の前の恋人と来る夏を前に、私はそんなことをぼんやりと考える。