昔から派手な物やキラキラした物が苦手だった。だから夏よりは冬、太陽よりは月、陽の下のグラウンドよりは風通しの良い図書室、カラフルなチューインガムよりは梅ガム、ラムネの瓶よりは三ツ矢サイダーの缶に惹かれたし、それらを選び取って来た。別にそれによって我ながら地味な人生を歩んできたなあとは思わないし、目立つことを恐れていた訳ではないけれど、そっちの方が不思議と落ち着いた。なんとなく。ただそれだけ。というようなことを、ほんの気まぐれで“私らしくない色”に染めてしまった爪にトップコートを塗っている間の暇つぶしとして、もう半分くらい寝る態勢に入っているベッドの上の左近に話すと、寝ころんだまま、「なんかそれ、俺のこと全否定されてるみたいで傷つくわ」と、言葉の割には痛くも痒くも無さそうにへらへらと笑った。
「左近は派手だからね」
「そーゆー昔話された後に言われると嫌味に聞こえるんだけど」
「派手だと人混みの中でも見つけやすくて助かるよ」
「ああー、そりゃあ良かった」
目を閉じて満足そうにウンウンと頷く左近に、私は「良いのか」と相槌を打つ。宙ぶらりんな彼の反応。腑に落ちたような、喉元あたりに引っ掛かっているような。中途半端な気分だったが、この話をこれ以上深める必要性も感じられなかったので由とする。爪は左手の小指まで塗り終わった。左手に刷毛を持ち直し、液を漬け直す。すると、
「なあ、貸して」
ぎしりと軋むベッドの音と、背後から掛けられた声。にゅうっと伸びてきた手によってあれよあれよという間にボトルと刷毛が連れ去られていった。
「あ」
「よし」
「……なに、塗ってくれるの?」
「まっかせなさい」
歌うように言ってご丁寧にウインクまで寄越す左近にあっけにとられていると、彼は「口開いてますよさん」と言ってくしゃりと笑った。
よいしょとベッドから降りてきてわざわざ私の前に正座をし、背中を丸めて手を取る左近の熱い視線が私の指先に全て注がれる。この視線に質量という概念があったならとっくの昔に溢れかえっているであろう、なんてことを考えてしまう。マニキュアとトップコートのシンナー臭さのせいか、はたまた他の事が原因か。頭が少し、くらくらした。俺、この匂い結構好きなんスよ。左近のどうでもいい独り言を聞きながら、私は耳の先っぽが自身の爪と、左近の髪の毛と同じような赤い色に染まるのを静かに感じていた。
「……でーきた」
どう?俺なかなか上手くないっすか?
さあ褒めろ!と言わんばかりの得意気な顔で私を見る左近は、私の耳の先に帯びた熱が冷める間もないほど、一瞬のうちに五本の指全てに輝きを添えてしまった。気恥ずかしくて左近の顔を直視できず、蛍光灯の下で燃える赤を見つめたまま「ありがとう」と絞り出すように呟くと、左近は先ほど以上に視界の隅で満足そうに笑った。
「俺はこういうのも似合うと思うよ、さん」
指先でちかちか煌めく10個の星の色が、その先にある、ほんのり赤く染まった左近の眩い笑顔と重なる。してやられた。いまだ乾かぬトップコート。照れ隠しにいつものようにわしゃわしゃと左近の頭を抱え込んで髪の毛を掻くことも出来ず、ただ私は手の甲に唇を寄せる左近のつむじを眺めながら、行き場のない気持ちを捏ね回すしかなかった。