きらきらひかる!


アイって難題の続き風味
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言葉にしないと伝わらない、とは言うけれど、実際のところ言葉にしても伝わらない事っていうのもこの世には数多あると思う。言葉も表情や態度だって、本気で取り繕おうと思えば好きなだけ出来てしまうのだから。それらの偽りを上手いことかいくぐって全て暴けるかどうかは(こう言うと精神論と揶揄されそうだけど)当人の努力と気持ち次第。あ、あと多少のタイミングもあるかもしれない。暴く方と暴かれる方、双方の気持ちが近づく瞬間。それを見計らうのもひとつの手、かもしれない。それを上手く見極められるかどうかはまた別問題、なのだけれど。

「そのスカートいつ買った?」
「先月くらい?何?似合わないって?」
「何でそんな捻くれてるかな。その逆だっての」
「だったらもっと言い方ってものがあるんじゃないでしょうか」
ちゃんそういうの気にするタイプじゃ無ぇだろ」
「……そうだね」
「認めんのか」
「私は素直なので」
「その言い方酷くね?俺だって素直だわ」

久しぶり。元気してた?という面白味も人情味もないありきたりな挨拶もそこそこに、私が突然約2年ぶりに帰ってきた彼との再会を果たした駅からそのまま引きずるようにして連れてこられたのは、若い草の匂いが鼻の奥を擽る公園だった。辺り一面緑の海。天気は快晴、湿度も風も問題なし。ウイークデーの昼間だから、ベビーカーを押す母親やジョギングをする若者がちらほら見られるくらいで、人通りも週末ほどは多くはない。大した会話もなく、久しぶりに見るだだっ広い背中に続きながら芝生の上を往き、曰く“シエスタに最適”な木陰の下で徐に寝そべり始めた彼に倣って、私は今、シュテルンビルトの狭い空に浮かぶ巻貝のような形の雲を穴が開くほど眺めている。きっと次に起き上がった時、羽織っているカーディガンは芝生だらけになっているのだろう。レジャーシートとかいう気の利いたものを持って来れば良かった。まあでもこんなところに連れてこられるだなんて予想してなかったし。私は悪くない。少しも悪くない。悪いのは全部、私の隣で欠伸をしながら同じようにして空を見上げる、2年前にこの街を去った男、ライアン・ゴールドスミスだけなのだから。

ふたりが互いに予想していた通りだったか否かは定かではないが、ライアンがシュテルンビルトを去ってからも、ふたりは良き友人同士であった。と、少なくとも私は思っている。よく言えば現状維持。悪く言えば進展無し。(いや、進展を望んでいるか、望んでいたのかどうかは今は別として。)定期的とは決して言えない、ライアンの気の向いたときに送られる、異国の地で彼が撮った写真と、近況を伝える一言二言の簡単なメッセージが添えられた手紙に、これまた私が気の向いたときにお礼の電話をする。ついでに仕事の不満とか、最近食べた美味しい物の話とかを交えつつ。自分の生活に直接的に関与しない範囲に居る友人、という存在である事が逆に心地よくて、もっと有体に言ってしまえば都合が良かった。彼にとっても私は同じような存在であったらしく、その証拠に、久々の再会であるのにも関わらず、特に居心地の悪さや違和感を感じる事無く接することが出来ている。まるでふたりの周りだけ、時間が最後に別れたあの時に戻ったみたいだと錯覚してしまう程に。でも、当然ながらそれはあくまでも錯覚であり、現実ではない。私には私の過ごした数年間があって、彼には彼の過ごした数年間がある。電話や手紙で伝えられる範囲は限られている。どれだけ仲が良いとは言っても、他人は他人。私のよく知る彼の中には私の知らない彼が居て、逆もまた然り、なのである。それを会話の節々で感じながらも、やはり気味が悪いほどの心地よさを否定する事が出来ずに居るのだった。

「そーいやちゃん、異動するかもって言ってたっけ?」
彼の問いかけに、首の角度を少しだけ変えて横顔を見る。視線は相変わらず、いつだったか彼が送ってくれた海の写真と同じくらい青い空にあった。空の何がそんなに面白いの。問おうかと思ったけれども、今は堪えて質問に答えることに徹する。
「うん、来月。って言っても市内だけどね」
「実は奇遇なことに、俺も今月で契期満了」
「えっ!?何それ初耳…」
「いや、だって今初めて言ったし?」
文字通りの寝耳に水。勢いをつけて起き上がり、鼻歌でも歌うかのようなノリで告げた彼の顔を覗き込めば「ちゃん、寝ぐせ」とあさってなことを宣いながら私の髪に手を延ばした。風と重力のせいで後ろに下がった前髪、いつもより低い位置で結った髪、痛み始めた毛先。ややがさつな普段の彼からは想像できないほどに繊細な手つきで順を追って撫でた後、その手をちくちくした芝生の上についてライアンも起き上がる。木陰を作っている緑生い茂る銀杏の木の隙間から見える陽の光と、彼の透き通るような色の髪が視界の隅で被さって、眩しかった。

俺、そっち行くから。
ライアンから連絡が入ったのは数週間前のことだった。大まかな日程を告げる事と私の予定を伺う事、「なんとなくそういう気分だから」等という漠然とした来訪の理由以外は、本当は何のために来るのかという事も含めて終ぞ知らされる事は無く今日の日を迎えることとなった。風の吹くまま気の向くまま。一見、そんな風に生きているように見える彼だが、いつだって腹の中では何か確信的なものを抱えている。これだけは曲げないという信念というか、拘りというか、行動の根拠というか。近くに居てもわからない。遠く離れてもわからなかった。ただ、それが在ることだけわかる。胸の奥の奥のずっと奥。鍵付きのキャビネットに仕舞っているようなそれを理解できる存在は、いつだって賑やかな彼の周りに果たしてどのくらいいるのだろう。そのことについて考えると、私は決まって胸の奥がきゅうっと締め付けられるような錯覚を覚えて、泣きそうになるのだ。これもまた、2年前と変わらない。そして多分この先も。

「……ライアン、質問、してもいい?」

どこから来るのか。恐る恐る視線を合わせ、妙な緊張感に耐え切れず、首筋に浮かんだ汗に彼が気づいていないことを祈りつつ、私は口を開く。
「おう」
「ライアンは何を考えてるの?」
「…世界平和?」
「何を見てるの?」
「今はちゃんの顔だな」
「どうして、ここに来たの?」
ちゃんを迎えに来るため、かな」

洒落た映画だったらきっとここでスローモーションになって、背景はぼやけて、登場人物に焦点が当てられて──
だが残念なことに、これは映画ではない。今私の目の前で起こっている真実なのだ。彼の言葉によって停止寸前となった思考回路をなんとか動かしていると、「なーんてね」そう、やっぱり歌うように言って、彼は照れくさそうに笑う。その顔が、あの日浮かべた何もかもを取り繕って、覆い隠すような悪戯っぽい笑顔と重なり、目の奥が熱くなるのを感じた。不覚にも。

「………それ、本気?」
「何回も言わせんなよ。俺は素直だから。嘘はつかねぇ主義だっつの」
「何でこのタイミング?」
「いやあ…それ言われると辛いっつーか…苦しいっつーか…それだけは聞かないでいてほしいっつーか…」
「はあ…?」
「タイミング的にも今がいいかなって思ったっつーか……」
「………」
「言えるようになるまでに2年掛かったっつーか……な?」
いや、な?じゃないでしょ。絞り出すようにしてそう言った私はきっと今最高に情けない顔をしているに違いない。胸の奥で鍵を掛けておいたキャビネットに仕舞っていた感情がぽろぽろと零れ出すような。そんな気がした。そして、彼もまた、

「…っつーワケで、答えをお聞かせ願えますか?」

コホンと態とらしい咳ばらいをひとつ。何を改まっているのやら。答えならとっくの昔に決まっていたというのに、この人は。言ってやりたい事はこの街の明かりの数ほどあったが、それはまた改めて言葉にするとして、ひとまず棚に上げておくとしよう。頬に伸ばした指先から伝わる、ふたりの間にあった空白を埋め尽くさんばかりの熱量を持った体温。それを受け止めながら、私の知らない、きっと輝かしいものであふれているに違いない彼の2年間について、どこから教えてもらおうかと、そんなことを考えていた。