月は太陽になれない


長く一緒に居るとね、似てくるんだって。

「何が?」
「私達が」
緑茶の入った湯呑と、鼻から頭の先へとスーッと抜けるような香りがするお茶の入ったマグカップをテーブルに置きながら答えるに短くお礼を言うと、彼女は答える代わりに何とも形容しがたい苦々しい表情を浮かべた。
「……そういうもんなの?」
「知らない。けど世間的にはそういうもんみたい。こないだテレビでやってたよ」
いつもより少しだけ強めの口調でそう言い、彼女は背筋を伸ばしてもくもくと白い湯気が立ち上るマグカップを慎重な手つきで口に運ぶ。それから「あつ」と顔を盛大に顰めるその姿はもう何百回も見た筈なのに、一向に飽きる気配がないどころか新鮮にも思えるから不思議だと思う。自虐的に言えば、ある意味では拗らせている、とも思う。僕とが一緒に暮らし始めて2度目の冬が来ようとしているが、3度目の冬もその次も、その次の次も、きっと同じように思っているに違いないという妙に確信めいた感情を泥団子のように捏ね繰り回していると、中々リアクションを寄越さない僕に痺れを切らしたらしい彼女は眉間に深い皺を刻んだまま「イワン、聞いてる?」と不機嫌そうに尋ねてきた。
「うん。似て……は無いよね。今の所」
「だよね。今の所っていうか今後も似ないと思うんだよねぇ」
「随分きっぱりと言い切るね」
「だってー。イワンもそう思うでしょ?」
「まあ」
それはそうだけど。
そう返すのもそれはそれでどうなんだろう、等と考えながら、いつもの癖でつい悪い方向に考えようとしている僕に構わず、再び熱々のマグカップと格闘し始めたと自分をひとつずつ重ねてみる。
ピンク色のマグカップ。縦縞模様の湯呑。爪の生え際までハンドクリームが塗りこまれた艶やかな指先。深爪気味な、ささくれ立った指先。お風呂上りにいつも着ている、もこもこした素材のパーカー。特に思い入れも無いが長年愛用している首元が撚れたTシャツ。弱音やネガティブな言葉なんてちょっとやそっとのことじゃ紡がない唇。気を抜けば弱音ばかり出てくる唇。星を塗り固めたように輝く目。自分ではどうだかわからないが、彼女が「一番好きな色!」と褒め称えてくれる目。
言うなれば星々を照らす太陽と宵闇にぼんやり浮かぶ月。彼女の言う通り、何ひとつとして自分との共通事項が見いだせない。しかし、だからと言って焦るわけでもなく落胆するわけでもなく、比べれば比べる程に心は温かい物で満たされ、『それはそれでどうなんだろう』という自分の問いに対して『それはそれで良いんじゃないか』と返せてしまっている自分に妙な居心地の良さを感じてしまう。太陽は太陽、月は月だから。何億年も昔から変わらない超普遍的な事実と僕たちは同じ存在なのだ。そんな風に思える。それはどうやら彼女も同じなようで、やがて僕の視線に気付いてくしゃりと笑った。
「それじゃ、似ない私たちに乾杯」
鼻先に掲げられたピンク色に「……乾杯」と控えめに答えながら縦縞模様をかつんと当てる。果たしてこれから先、僕たちは似るのか似ないのか。それはどれだけ考えても解らないが、先程より薄くなった白い湯気の向こうで笑うは、たとえ何万光年離れていたとしても、この先も僕の人生を明るく照らしてくれるに違いない。それだけは確かだと思う。