「『自分を顧みて改める所は改めよ』」
「……」
「『謙虚さを忘れるな』」
「……」
「『幸福を与える人は傍に在る』」
「早く結べ」
「お告げを噛み締めてたの」
去年から履いている黒いショートブーツの中に収まっている爪先も、“凶”と書かれたお神籤を持つ指先も、冷凍庫の中で忘れ去られたアイスバーの如くキンキンに冷えている。知るか。いつもの調子で投げられた三成の言葉もいつも以上に冷たい気がするのは年末にやってきた強い寒波のせいだろうか。埃みたいな小粒の雪がやや殺伐としたこの場の空気を和ませようとするようにふたりの周りで踊り始めたのを見て、体感温度がまた1度程下がった気がした。
「私、別に今更顧みて改める所なんてないと思うんだけど」
「もう一度よく読め。声に出して。『謙虚さを忘れるな』と書いてある」
「謙虚じゃん」
「貴様のそういう所が、」
「好き?」
「……馬鹿か貴様は」
「いでっ」
これまたいつもの調子で軽く脇腹を小突かれながら、毛足の長いファーに埋もれる三成の耳の先が少し赤くなったのを見て思わず吹き出した。三成はばつが悪そうに乾いた咳をひとつした後、ひったくるように私の手の中にあったお神籤を取る。と、私が眉を顰めるのも厭わず、端と端とをきっちり合わせて折り目を付け始めた。空になった両手をダウンコートのポケットにしまい、何も言わずにそれをただ眺める。吐く息、舞う雪、お神籤。それらは全部混じりけの無い光を放つ純白なのに、深爪気味な三成の指先が私には一番輝いて見える。冬の日の朝、陽の光を受ける水たまりに張った氷みたいに。びゅうびゅう唸る風の音を聴きながら、そんなことを思った。
「……出来たぞ」
「上手」
「当然だ」
何処か得意気に言い、三成は細長く折ったお神籤を空に翳す。濃い色の雲の切れ間から覗く青の端の方に橙色を見つけて嬉しくなった。
「ねえ。結んでよ」
両手はポケットにしまったまま。鼻先に差し出されたお神籤を受け取ることなく私が告げると、三成は一瞬目を大きく見開いたが、何も言わない代わりに体の向きをくるりと変え、ご神木と対峙した。
「……もっと。もっと上の方に」
「結ばせておいて更に注文を付けるな」
「高い所にあった方が運気も上がりそうじゃない」
「成らばまず神籤に書いてあった事を遵守しろ」
「するよお」
にいっと凍りかけた唇の端を無理矢理釣り上げ私は笑う。それに暫く同じくらい冷たい視線を送ってきていた三成も、やがて観念したように溜息を吐くと、届く範囲で一番空に近い場所へと手を伸ばす。風で飛ばされないように、強く、強く。おそらく今年も私に数えきれないほどの幸福をもたらしてくれるであろう存在の手によって、空に傷を付けそうな鋭利な枝先に結ばれたお神籤はふたりに微笑みかけるかのように小さく揺れていた。