梅雨真っ只中の週末ということもあり、ずらりと並ぶコインランドリーの乾燥機はほぼ全て稼働していた。しかし、皆雨の中でも貴重な休みを有効に使いたいのだろう。びしょ濡れの衣類を宇宙船のハッチみたいな蓋の中に放り込むと、袋を引っ掛けて足早に去っていく。だから、この場に残っているのはしわしわになったユニクロの袋が提げてある乾燥機の中で回っている洗濯物の持ち主である元親と、ただの付き添い人の私のふたりだけだった。
規則正しい鈍い音が黄ばんだ壁に反響し、緩やかな眠気を誘う。コイン投入口の右に表示される『あと11分』という数字。それを捉えると余計に脳の機能が著しく低下してくるようで、堪えきれずに欠伸をした。目の端に浮かんだ涙が微かに視界を曇らせる。瞬きを繰り返しつつ、ふと、隣の丸椅子に座る元親を横目で見る。海老みたいに背中を丸め、『ご自由にお読みください』という張り紙がしてある埃被った棚に陳列されていたいつの物かわからない少年漫画誌を読む彼は、先程私がした物よりも大きな欠伸をしていた。
「……。…楽しいね」
「嘘つけ。お前も欠伸してたろうが」
「見てたの」
「見てた」
元親は唇をにいっと持ち上げて、なんの勝負もしていないのに勝ち誇ったように笑う。少年のような、と言ったらきっと怒るんだろう。ガキなのはお互い様じゃねえかよ、とか何とか言って。いつものように。だから何も言わず、言葉を飲み込み私も笑った。
「みんなどこで時間潰してんだろうね」
「わかんねえよな。漫画も自販もあんのに、ここ」
「こんな埃っぽい漫画読んでるのは元親くらいだよ多分」
「そうか?」
「そう。大人は忙しいんだね、我々大学生と違って」
ごうんごうん。乾燥機が立てる音と、再び漫画に視線を落とす元親の「んー」というやたら低い相槌が重なる。何か考えているのかいないのか。それはどちらでもあって、どちらでもなさそうな声だった。今は無限にも思える有限な時間の使い方が分からない、今の私達しか出し得ない解答。大したことではないけれど、なんだか世の人々が知り得ない重大な秘密を共有している気分になった。それと同時に、いつかその秘密は秘密で無くなる日が来るのかもしれないという焦燥感にも似た感情も湧き起こる。その時も果たして今日と同じように、彼の欠伸を盗み見て笑う事が出来るのだろうか。当然と言えば当然だが、今の自分には分からなかった。
暇つぶしにも慰めにもならないのはわかっているが、もう一度数字を見る。『あと9分』。お日様に当たった物とは違う、魚をこんがり焼きすぎたときみたいな洗濯物の匂いを嗅ぐまでにはまだ掛かる。良く知る匂いのする衣類から、その瞬間だけはよその匂いがする。それをふと思い出して、不安になった私は雨を吸ったスエードのスニーカーの踵を意味も無く打ち合わせる。窓を打つ雨にも似た細やかな音がした。それを聴きながら、「暇だ」と呟く。梅雨時特融とも言える、鬱屈とした気分を拭いたくて。不確定な事が多すぎるままやって来る未来にストップを掛けたくて。そんなこと、出来やしないのは解っているが。暇だ。もう一つおまけのように呟く。それと、ほんの一瞬だけ。元親が私に、稲光なんじゃないかと思える程、短い短いキスをしたのはほぼ同時のことだった。
「な……?」
驚いて、声にならない声を上げる。気のせいではない。これもまた、雷鳴みたいに遅れて感じた唇の熱と、私の顔を覗き込んで笑う彼の表情が、ご丁寧に全て語ってくれた。
「暇潰し?」
「……。元親、偶にすごくヘンな事するよね」
「もだろ」
「そーだね」
「否定しねえのかよ」
「否定しないよ」
「しろや」
「今日の私はセンチメンタルですので」
「なんだそれ」
お日様みたいな匂いをさせながら、元親は体勢を直して笑う。
それに負けじとふふんと笑って精一杯気取って見せる私の頬は、一足早く夏が来たみたいにあつかった。