一般的に、という言葉があんまり好きじゃない。それは別に社会に背を向けて生きていこうだとか、人と違う事を常にしていなくては落ち着かないとかいうヤバい思想に繋がるわけではなく、ただ自分の中でなんとなくしっくり来ない。それだけのこと。
一般的にはこうでしょ、ああでしょ。そんな風に言われても、そもそもその立派な一般論とやらを掲げたのはいつなのか。誰なのか。凡そ、いつの間にか幾つもあるうちの選択肢のひとつが上手に独り歩きして、大多数の人間に「いいぞいいぞ」ともてはやされ、そこで初めて一般論というラベルが貼られたのだろう。そして時の経過と共に広まり、知らず知らずのうちに不特定多数の人々の間に浸透する。そんな感じ。
では、選ばれなかった他の選択肢はどうなるのか。俗に言うマイノリティな意見は。誰かにとってはマジョリティよりもそっちの方がしっくりくるかもしれないじゃん。
目玉焼きにはソース?醤油?バスタオルを洗う頻度は?朝はパン派?ごはん派?
そういうのを敢えて明確化させようとするネットニュースやテレビ番組なんかもたまに見るけど、別にどっちがどうとか決める必要ないじゃんね。好きな物を好きな食べ方で食べればいいしバスタオルは好きな時に洗えばいい。誰かに反論される筋合いはないし、しようとも思わない。私はいつだってそう思っている。
だが、そんな一般論を否定し、我ながら自由で柔軟な発想を持つ私でさえ、このような現実を受け入れられるようになるには少しだけ時間を要した。
「……普通さあ、こういうのって薔薇の花なんじゃないの?」
木製のダイニングテーブルの上に横たわるようにして置かれたモノトーンの包装紙に包まれた花束は、ビビッドなカラーの花々で構成されている。
これだけ色んな種類の花があるのなら、なんかひとつくらいは知ってる花があっても良さそうなのに、残念ながら隅々まで見ても全く名前が出てこない。ハートみたいな形をした葉っぱとか、やけに肉厚な花弁を持つ花とか。多分、これらは陽気でハッピーな場所で生まれたんだろうなあと思いつつ顔を上げれば、「だって普通じゃつまらないだろ?」と贈り主である大和は花束に負けないくらいの明るい笑顔を浮かべて答える。そっか、そうだった。この男の前で『普通』や『一般的に』といった言葉は通用しない。それは10年近くになる付き合いの中で痛い程解っていたというのに!
さて、もうお解りかもしれないが、私は今、プロポーズをされた。
“一般的に”多くの女の子が子供の頃から憧れるプロポーズとは、人生の中でそう何度もされるものではない。大多数は一度きり。きっと多くても3、4回とか?そのくらいかな。
だが、大和猛が私にこうして「結婚して欲しい」と申し出るのは30回……否、もっとカジュアルなやつも含めたら50回、100回近くになるだろう。最初は数えていたけれど、10回を超えたあたりからは止めてしまったので正確な数はわからない。私が「お断りします」と答えた回数とリンクするはずだが、そっちも当然覚えていない。
大和の意図はわからない。
いや、私に結婚して欲しいっていうのはわかってる。言葉通り受け取るならば。けど、どうして私が丁寧に、時に雑に断り続けてもこうして何度も何度も申し込んでくるのか。まあ、私が何度も何度も断っているからってのが一番の理由かもしれないが。
一応言っておく。毎回断っているが私は別に大和の事が嫌いってわけじゃない。それは大和もわかっているはずだ。だって、もしそうでなければ初めてプロポーズされた大学4年の夏、「え?無理」と驚きのあまり咄嗟に口から出た我ながら最低かつ的確だと思う断り文句を聞いた瞬間、恋人関係を解消して私の元から足早に去るという選択を彼はしたに違いない。というか、普通は断られたらそうするよね。でも再度言うが、大和に普通という言葉は通用しない。
話がちょっと逸れた。
ああそうそう。わからない事も沢山あるが、明確な事もある。そのひとつが私が断っている理由だ。一言で言えば『まだその時じゃない』と思うからである。
経済的な理由とか、私の覚悟の問題とか、想像があんまり出来ないとか、現状をもう少し楽しみたいとか、あとはもうちょっとだけ弱いとこを見せてくれるようになったらなという私の勝手な願望とか、そういうの全部ひっくるめて、だ。
男心もそれなりかもしれないけど、女心は複雑なのだ。敢えて私が複雑にしちゃってるって説もあるが、それはそれとして。
まあ、そんなこんなで今日も今日とて懲りずに言われたのだ。「結婚してくれないか」と。跪かれはしなかったけど、真っ直ぐに目を見て、トロピカルで馬鹿デカい花束を添えて。
「いやー、確かにつまんなくはないけど。寧ろこっちの方がいいけど」
「気に入った?」
「うん。全部同じ花より、なんか見たことない花がいっぱいで楽しいし」
率直な感想を述べる。常日頃から夏の日差しくらい眩しい大和の表情が、もう二段階ほど明るくなる。こういう顔はそこら辺の公園で泥だらけになって遊んでいる少年と大差なくて可愛らしいと思う。変に飾らず、取り繕わず。
大和はやたらと私の前ではカッコつけたがる。本人にはその自覚は無いようだが。
常に完璧でありたいその気持ちも否定はしないけれど、完璧な人間から程遠い私としてはちょっとくらい抜けてる方が親近感を抱くし、何より珍しい物を見れるということが単純に嬉しい。
それにもし、いつか私が『いいよ』と返事をする日が来て、戸籍上の家族になる日が本当に来るとしたら。彼はずっと気を張っていなければならないだろう。無意識とは言え、呼吸する事とは違い、いつかは疲れてしまうのではないだろうか。そんな事を勝手に心配してしまうのだ。大和が私の事を諦めないで何度も何度も求婚してくるほど好きなのと同じ位、私も彼の事を大事に思っているが故に。だからまだ、『いいよ』とは言えない。内緒だけど。
「じゃあ、」
「でも、それとこれとは別だから」
大和が言いかけた言葉を容赦なく遮って、私は「まだ無理」といつものように返す。
無垢な笑顔は形は変えず、そのままカピカピになった紙粘土のようにヒビが入っていく。なんて分かり易い。うん、この顔もいいな、と内心では満足する。当然大和には言えるはずはないのだが。
「……今日こそいけると思ったのになあ」
「毎回それ言ってない?」
「毎回全力でにぶつかってるからね」
「私だって毎回全力で受け止めてるよ?」
冗談めかして言うが、嘘ではない。タイミングが悪くて適当にあしらう事もあるけれど。好きな人が自分への愛情を言葉と行動で示してくれるのだから、悪い気などしない。確かに回数は多すぎるなあと思わなくはないが。一般論を否定する私にとっては、この大多数から外れたちょっと可笑しな現実の方が心地良い。そんな風に思う。
「じゃあ次も安心して全力でいかせてもらう」
花束を胸に抱き、香りを楽しんでいると「楽しみにしていてくれ」と言って大和が歯を見せて笑った。目に痛い赤い花のよう。そんな圧倒的存在感を纏う彼が、道端に咲く野花のように自然にありのままに寄り添ってくれる日はいつになるのだろう。
やれやれ、と細く長い溜息を吐き肩をすくめて見せながらも、私は今から楽しみでならないのだ。