私の隣の席の筧駿という男は不思議な人だと常々思う。
不思議、というか面白い、というか難解?なんだかありふれた言葉に当てはめようにも、どれも微妙に違う気がしてしまう。
何かその唯一無二の不思議さを裏付けるような大きなエピソードがあるわけではない。塵も積もればなんとやら。些細な事が積み重なった結果である。
兎にも角にも彼は私の知り得るどんな形容詞にも当てはまらない、大変興味深い人間なのだ。ちょっと大げさかもしれないけど、決して嘘ではない。
大型連休後に行われた高校最初の席替えから約1ヶ月。長いような短いような絶妙な期間で、私は彼の生態をそれなりに知ってきた。
背が高いことにより後ろの席にされるのに若干うんざりしていること。英語の成績がとてもいいこと。前にちょっとだけアメリカに住んでいたということ。アメフトというスポーツにお熱であること。彼を「先生」と慕ったり、頻繁に教科書を借りに来たりする背の高い友達が何人もいること。ぶっきらぼうな言動に似合わず面倒見が良いらしいということ。
そして本日誕生日を迎えたということ。
最後のひとつに関しては、今朝初めて知った。
奇しくも今日は中間テストの2日目。私が今更頭に入ってくるわけないのに他のクラスメイトがそうしているからという理由で英語の単語帳をペラペラめくっていると、例のよく筧に教科書を借りに来る彼の友達(水町くんと言うらしい)がいつもの調子で派手な音を立て、ドアの縁に頭をぶつけながら私たちの教室に入って来るなり「ハッピーバースデー筧!」と盛大にお祝いの言葉を述べ、10%引きの赤いシールが貼ってある焼きそばパンを机に置いた。それに続くようにして彼を慕う友達(大平くんと大西くんと言うらしい)がやって来て何故か涙を流しながら祝い、何やら綺麗な包装紙でラッピングされた大きな包みをそれぞれ置く。そしてその後も数人の部活仲間と思しき大きな男たちや彼らに比べると小柄な先輩らしき人たちが代わる代わる彼の元を訪れて、贈り物を置いたり置かなかったりしては足早に去って行った。
当の筧はというと、その都度照れくさそうに頭を掻きながらもひとりひとりに丁寧にお礼を述べている。そんなクソ真面目としか言いようのない彼の態度がまた面白く、私は気が付けば単語帳ではなく彼の赤く染まった横顔を凝視していたのだった。
「……。……何だよ、その顔」
怒涛の筧先生お祝いラッシュが落ち着いた頃、私の視線に気づいた筧は溜息交じりに言う。その疲れた表情はひと月前、担任から『筧は一番後ろで』と言われた時に似ているな、と思い、懐かしい気持ちになる。
「えっ?いやゴメン。なんか面白くて、つい」
「お前なあ」
「っていうか筧、今日誕生日なんだね。おめでとう?」
怒りの交じった筧の言葉を無理矢理遮って、彼にとっては本日何回目かわからないお祝いの言葉を告げる。
すると彼は少し驚いたように口を開け、目をカッと見開き、かと思えば少し細めて、その大きな体には似つかわしくない消え入りそうな声で「……どうも」と例に漏れず礼を述べた。弱々しい声のトーンに反して鋭利な眼差しを真っ直ぐに受け止めながら、本当に真面目で律儀な男だと改めて思う。同じ人間として尊敬の念すら抱きそうになるではないか。大平くんと大西くんが慕う理由もそこにあるのかな、なんて。いや、多分違うけど。その辺についてはもう少し研究の余地がありそうだ。
「何か私もあげた方が良いかな?プレゼント。なんかあったかなー」
「、ちょっと馬鹿にしてんだろ」
ムッとした様子で言う筧に「してないよー?」と返しつつ、私は机の横に提げていた鞄を膝に乗せて中を漁る。
別に馬鹿になんてしていない。いつも楽しく観察させてもらっている彼を、私も祝いたいと思っているだけだ。そこにほんの少しだけ揶揄いの色がないと言ったら嘘になるかもしれないが、それは一先ず置いといて。
さてさて、面白い筧に相応しい気の利いたプレゼントは何か無いものか。教科書、ノート、筆記用具、手鏡、薄汚れたポーチ。面白みのない自分の荷物の中に入っているものなんて限られているのだが。ああ、どうしたら私も筧みたいに面白い存在になれるのかな。不思議で、面白くて、多くの人を惹きつける何かを持っていて。きっと天性のものなんだろうな。私が歩んできた平凡な人生とはまるで違う――
何故か半ば自虐的になりながら、次はポケット部分に手を突っ込むと、指先に触れた物がくしゃりと乾いた音を立てた。
「……あ!良い物あった」
嬉しさを惜しみなく出しながら、私は自身の人差し指と親指が探り当てたプラスチック製の小袋を「ほい」と先ほど誰かが置いて行った包みの上に置く。
ケーキの苺、とまではお世辞にも言えないどころか天と地ほどの差のある光景。英語で言うとmismatch。そうね、正しい発音に関しては筧に聞いて欲しい。
「……なんだよこれ」
大方予想通り。筧は今日一番というくらい思いきり顔を顰めていた。
「歌舞伎揚げだよ。知らない?」
「食った事ねえな」
「うそ!?筧ってもしかしてセレブか何か?どこぞの御曹司?王子?」
「関係ねえ……ってかやっぱ馬鹿にしてんだろお前」
「してないよー?」
「そんで何でさっきから悉く疑問形なんだよ」
千本ノックみたいに投げた言葉を綺麗に全部打ち返されながら、私は堪えきれなくなって「あはは」と笑う。
それを見て筧は更に眉間の皺を深くするのかな、と思いきや、笑い声を上げる私を一瞥すると乾いた溜息をひとつ零して微かに口の端を持ち上げた。
へええ。珍しい。こういう顔もするんだね、君は。
プレゼントをあげたはずなのに、反対に何か良い物を貰ってしまったような気になって、むず痒い。けど悪くは無い。なぜだかそう思う。
その理由に関しても研究を重ねていればいずれわかるのだろうか。わかると良いな、できるなら。
「次の機会があったら筧の好きなものあげるね」
「もう来年の話かよ」
「あ。因みに私の誕生日はねー、」
「しかもたかる気かよ!」と筧が声を荒らげた瞬間、予鈴が鳴る。
ぶつぶつ文句を言いつつ、真面目な筧は私の誕生日をちゃんと覚えていて、歌舞伎揚げのお礼をくれるんだろうな。きっと。
確信に近い希望的観測を掲げていると、恐らく惨憺たる結果が待っているであろう英語のテストの結果もどうでも良くなるな、なんていうことを考えるのであった。