Goldrushed!

#13


やがて来る夏を予感させる、爽やかな風が頬を撫ぜる。
最近できたばかりのカフェのテラス席でコーヒーを飲みながら、左手の腕時計を一瞥。
(14時58分)
テーブルに置いた電話を確認するが、着信は無い。この様子だとまた遅刻か。
待ち受け画面をじっと見つめながら私は溜息を吐く。
それからコーヒーのおかわりを注文すべく、「すみません、」と店の奥にいるウェイトレスに手を振った。

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あの後――半年前、病み上がりの私がライアンのトランスポーターへ駆けつけたあの日以降、仕事上の関係ではなく対等な、もっと特別な関係になれるよう私達は一旦全ての事柄を保留にし、じっくり話し合い、様々なことを考えた。
三人寄れば文殊の知恵、まではいかないが、2人でも何か少しくらいはまともな考えが生まれるだろう。そんな淡い、漠然とした期待をしながら。
結果、客観的に見たらどうかはわからないが、2人の間では最善の、まあ納得のいく選択をすることができた。少なくとも、私はそう感じている。

まず、その後の私についての話をしよう。
結果から先に言うと、私はシーズン終了と同時に会社を辞めた。
誤解がないよう一応言っておくが、別に色恋沙汰に夢中になったわけでも、逃げたわけでも、ヤケになったわけでもない。
この大きな決断をさせた要因は、無論、ライアンだった。
自分の仕事を心から愛し、誇りを持って取り組む彼の姿を一番近い場所から見ていて、今までなんとなく流されるままに生きてきた私は、自分の夢中になれることを見つけてみたい。いつしかそう考えるようになっていた。
私が倒れて以来、率先してマネジメント業務を請け負ってくれるようになった部長に退職を願い出た際、有難くも「他の部署への異動では駄目か」と引きとめる言葉をかけてもらえたが、私にはもうあの会社でやり残したことはなかった。
勿論、ライアンも最初は反対した。
しかし私の中に妥協や諦めといった感情が一切無いことを知ると「ちゃんの決めたことなら…」と、私の選択を祝福してくれた。
(因みに実家に帰った際、母にこの旨を報告すると、苦笑いを浮かべながら一言「健康第一!」と力強く言われただけで、その後この件については一切触れられなかった。つくづく思う。彼女には一生頭が上がらない、と。)
そして現在、私は服飾雑貨の卸業務を行う小さな会社で事務のアルバイトをしつつ、昔からの趣味であり、以前の会社に勤めるきっかけともなった洋裁の技術をちまちまと磨いている。
驚くことに、気まぐれでいくつかネットに作品を載せたら意外にも好評で、まだまだ駆け出しだが応援してくれる、いわゆるファンというやつもできた。
いつかは店やブランド立ち上げを!なんて大きなことは流石に今は言えないが、私の隣で常に上を目指し突き進む“彼”に、いつか何らかの形で関われたら良いな、とはぼんやりと考えている。思うだけはタダだから。

次に、ライアンについて。
結局、海外の会社からのオファーは断り、当初の意向通り契約を更新した。
彼曰く、「男に二言はない」らしい。色々と突っ込みたいこともあったけれども、結果的に私が引き止めてしまったようにも感じられたため(事実、9割方そうなのだが)、とりあえずは黙っておくことにした。
本当のところはわからないが、この街の雰囲気や会社の広告塔としての仕事も含め、なんだかんだ居心地がよかったらしく、それが決め手になったと本人は言っていた。
前シーズンでは当然のようにキングオブヒーローの栄冠を手に入れ、人気は爆発。今季も絶好調!さて、2連覇を目指そうか――と意気込んでいたところだったのだが、つい先日、ひとつ彼に大きな大きな転機が訪れた。
以前の会社とはまた別の会社から、季節外れのオファーがあったのだ。
興味本位でその会社が提示してきた契約金の額を聞いたとき、私は卒倒しそうになった。
ライアン自身も「過去最高金額更新だ」などと書類に目を通しながら下品な笑みを浮かべていたのが印象に残っている。
とてもおいしい話ではあったが、当初、まだシーズン途中であることと、加えて前回全力で彼を引き止めた私の立場を気にしてか、ライアンは最初この仕事を断る方向で話を進めようとしていた。
――が、彼のそんな決断に待ったをかけたのは、他でもない私であった。
…再び念のために言っておくが、決して彼の巨額な契約金を狙っているわけではない。
もう、彼に我慢をさせたくない。理由はそれだけだった。
2人で話し合った結果とは言え、一度は私の「行かないで」という我儘で、色んな地域で自分の力を試したいという彼の気持ちを踏みにじってしまった。そのことを私はずっと気にしていたのだ。
彼の気持ちと私の希望。それらを総合して考えた結果、私は「一緒に連れて行って欲しい」と告げた。
その時の彼のきょとんとした顔と、直後に浮かべた照れ笑いは生涯忘れることはないだろう。

――さて、そこで気になるのはシーズン途中でヒーローを失う会社の反応である。 しかし、私なんぞが何も心配する必要はなかったようであった。
最初こそ会社中に激震が走ったらしいが、あの敏腕社長にとってはライアンの突然の移籍願いなど想定の範囲内だったようで、すぐに若くて可愛らしい、『才色“強”兼備』を売りにする予定の現役女子大生ヒーローとの契約を取り付けてきたという話をライアンから聞いた。
あまりにも淡白すぎる気もするが、誰からも恨まれるわけでもなく、結果的に円満に収まったので良しとしようと思う。
ちょっと違うが、終わり良ければすべて良し。全てはこれに尽きる。

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2杯目のコーヒーを飲み終わったところで、私は再び時計を見る。
当初の待ち合わせの時間である15時はとっくに過ぎ、長針は4と5の間辺りを虚しく指していた。
相変わらず連絡は無い。
しびれを切らした私は遂に携帯を手に取り、着信履歴の一番上にある名前を無駄に力強くタップした。

二度の規則正しいコール音の後、『はいはぁ~い』と思わず椅子からずり落ちそうになるほど気の抜けた返事が聞こえてくる。
怒りを通り越してただただ呆れる。
私は溜息のような笑い声のような、得体の知れない声を漏らした。
「…ライアン、どれだけ私を待たせるの?」
『ごめんって。ちゃん、怒んないで?相変わらず時間にきびしーなー!もう店の前まで来てっから~』
電話を遠ざけたくなるほどの高らかな笑い声に眉間に刻まれた皺が深くなるのを感じながら、私は顔を上げテラスに面した通りに目をやる。
確かに彼の言うとおり。数十メートル先で、電話をしながらゆったりとこちらへ向かって歩いてくる金髪の長身の男性の姿を私はしっかりと捉えた。
私が左手を挙げると、それに気づいたライアンもちぎれんばかりに勢いよく手を振り返す。
無邪気なその姿を見て、私は自然と表情が緩むのを感じた。

――きっと、彼は私の元にたどり着くと、いつもの調子で「ごめんごめん」と軽く謝るだろう。
そして、可愛いウェイトレスをスマートに呼び止め、カフェオレを注文しながら私の向かい側に腰を下ろし、今日あった出来事や仕事の話を始める。
私の後任のマネージャーの対応がどうとか、移籍前最後のインタビューでこんなことを答えただとか、他愛も無い話を、延々と。

さて、その後は何をしようか。
このまま街に繰り出し家具屋に行って、週末には引っ越す予定の新居のレイアウトを考えるのも良い。
私の家に呼んで、一緒に夕飯を作って食べるのも良い。
ライアンの家に行って、私が未だに触ることのできないイグアナを、今日こそ勇気を出して抱っこしてみるのも良いかもしれない。
何をするかは、今までと同じように、これから2人でじっくりと考えることにしよう。

2人で出した答えなら、きっとどんなものでも好きになれる。
私はそう信じている。

fin.