君を見つけてしまったから

#11


話があるんだけど。

週末、そう言ってイワンがに呼び出された場所は、何かと思い出のある満開の桜並木だった。
気が付けば季節はふたりにとって二度目の春を迎えている。
暖かな日差しが花々の合間から降り注ぎ、影を作る。
時折吹く南風が散らす花びらは、長い冬に向けて手を振るようにも見えた。
一度目、即ち最初にイワンがと出会った日は夜だったので、こうしてふたりで明るい時間に桜を見るのは初めてのことだ。
あの時も幻想的な風景に息を呑んだが、やはり陽が出ているうちに見る桜も変わらず美しい。
そんなことを考えつつ、イワンはふと、隣に座ってだんまりを決め込んでいるの顔を見る。
彼女もまた、壮観とも言える風景をぼんやりと仰ぎ見ていた。
が、イワンの視線に気付くと思い出したようにコホンとわざとらしく咳ばらいをし、
「……これ、読ませていただきました」
そう言って傍らに置いた鞄から一冊の本を取り出した。
シュテルンビルトでは知名度の高い情報誌。人気のお出かけスポットや新しくオープンした飲食店の情報、街で流行っている物等を幅広く取り上げている。
が取り出したのは昨日出たばかりの最新号である。
いつものように、情報をどこからか調べてきて、自分で購入し読んだのだろう。
イワンのファン以上のファンを名乗るからには、折紙サイクロンの情報も漏らす事無くチェックしなければならない。以前、彼女が自信満々に宣っていたのをイワンは思い出す。
春らしいパステルカラーを基調とした表紙の真ん中に大きく書かれていた文字を見て、イワンはが何を言おうとしているのか、すぐにピンと来た。
「……もしかして、怒ってる?」
「ちょっとだけ」
に問えば、返事は即座に返って来た。
拗ねるように唇を尖らせているの姿を見て、イワンは思わず口元が緩むのを感じる。
それと同時に「今笑ったでしょ」と半ばムキになったが突っかかってくるのを「まあまあ」と静止しつつ、イワンは差し出された雑誌を受け取った。

パラパラと捲り、イワンが迷いなく開いたのは表紙に大きく書かれていた『特集!シュテルンビルトのヒーローに100問100答!』というページだった。
大きな事件や新人ヒーローの活躍に伴い、以前よりも更に(個人個人の事情は置いといて)人気が出て来たシュテルンビルトのヒーロー8人。その素顔に迫る質問と回答を掲載した特集。
イワンも先日、折紙サイクロンとしてインタビューを受けたので、当然のことながらその内容を記憶していた。
だからがどの質問と回答に“ちょっと怒っている”のかも、イワンはなんとなく察しがついている。
「本題に入っていいかなあ?」
改まった口調でが問う。それに「どうぞ」と返せば、は深く息を吸い込み、それから言葉と共に吐き出した。

「イワンの初恋相手の『異国のペンフレンド』って、誰?」

イワンが広げていたページの右側真ん中辺り。てん、と良く手入れされたの爪が指すのはやはり、イワンが想像していた通りの箇所だ。
予想が当たった事で込み上げてくる笑いを堪えつつ、改めてイワンは彼女が指す箇所を黙読する。

【問:初恋はいつ頃、お相手はどんな方でしたか?また、その恋は叶いましたか?
答:異国にペンフレンドが居たでござる。成就は…しなかったでござる。シュッシュ】

それは取材を受けた時から100%ツッコまれるだろうなと考えていた質問だった。
寧ろ、ツッコんで欲しかったからイワンも正直に答えたというのが本音なのだが、それは自分だけの秘密にしておこうと考えている。
さんだよ」
質問に対し、簡潔に答える。そんなイワンの様子を見てまた、はヒートアップした。
「……だよね!?じゃあこの『成就しなかった』ってなに?どういうこと?私たちの関係って一体何!?何なの!?」
今にも胸倉に掴みかからんとする勢いで詰め寄る。その様子を見て数人の通行人が「なんだ?」と言う視線を送っていたが、は気付いていなかった。
恐らく、にとって今は体裁を気にしている場合ではない。真相を知る方が優先なのだ。
その気迫に若干押されつつも、イワンは用意していた答えを告げるべく、ゆっくり口を開いた。
「だってほら、花束くれたときの手紙でさんも言ってたじゃん。僕も同じで、確かに昔もさんのことが好きだったけど、一度忘れちゃったわけで。それからまた出会って、色々知る中で改めて好きになったから、忘れちゃった恋は成就しなかったって言うべきかなって」
「……」
「昔も好きだったけど、今は今のさんが一番だよって、僕なりに誠実かなって思う回答なんだけど。どうかな?」
嘘も偽りも無い事実だった。イワンがずっと思っていた事。その思いを込めたのだ。
突き刺さる視線に負けないよう、なるべく真摯な態度で言い切ったイワンは、気持ちを告げた冬の日と同じようにの手を取る。
気温のせいか、イワンのせいか。真相は不明であるが、の手は降り注ぐ日差しと同様、ぽかぽかと暖かかった。
「……もう。どこまで真面目なの、この子は」
ややあって、はぽつりと呟いた。
それから深く長い溜息を吐いて、取られた手を一度解き、ひとつひとつ丁寧に指を絡め始める。
触れているのは指先だけなのに、全身が彼女に包まれているようだとイワンは思った。
「ごめんって。わかりにくい回答しちゃった僕が悪かった。許して?」
手は繋いだまま。俯いてしまったのほんのり赤く染まる横顔を見据えながら、イワンは言う。
あの冬の日、自分達は偶然に偶然を積み重ねて成り立った関係だとが言っていたのをイワンはふと思い出す。
偶然、文通をしていたから。
偶然、彼女が見つけてくれたから。
偶然、再会したから。
偶然、また惹かれあうようになったから。
それらひとつひとつの積み重ねによって、今自分は最高に愛おしい横顔を一番近くで見ているのだと考えると、イワンの胸中は熱い物でいっぱいになった。

「じゃあ……」
何か閃いた様子で、が言う。我に返って「うん?」と言葉の先を待てば、先程の恥じらいのある横顔から一転。
嘗て自分が恋した少女は、最高の悪戯を思いついたような満面の笑みを浮かべるのだった。

「成就しなかった初恋の相手と同じ呼び方を今の私にしてくれたら、許してあげる」
「…………え?」

これまでほぼほぼイワンの予想通りの展開が繰り広げられた時間の中、ここに来て顔を覗かせる予想外の展開。
のどこか勝ち誇ったような笑顔が、満開の花々の下、きらきらと輝いていた。
「ほらほら、早く!」
イワンの右手を両手で包み、は急かす。
期待に満ちた表情を前に、今も昔もやはり彼女には敵わないとイワンは思った。
少年の頃の成就しなかった恋の相手。紙には何度も書いたはずだけれど、口にするのは初めてだ。
記憶する限り、今までの呼び方とそこまで大きな違いがあるわけではないが、きっと、ふたりにとっては何年もの時を越える、大きすぎる変化。

「…………?」

恐る恐る声に出す。
上手く発音できていたか不安だった。しかし、の眩しくて痛いほどの笑顔が全て受け止めてくれた。
「もっと大きな声で」
「……!」
イワンの叫びに近い声により、過去と現在は繋がった。
これから先、ふたりの未来には一体どんな偶然や必然が待っているのだろう。
地続きでもいい。断片的になってしまっても、いい。もし途切れてしまっても、その度にまた見つけられるはずだから。
降り注ぐ花びらのように、またこれからも少しずつ重ねていけたら良いと、イワンは考えている。


fin.
title:君を見つけてしまったから(フジファブリック)