Goldrushed!

#4


「おっはよー、ちゃん」
「おそようございます、ライアンさん。今何時だと思ってるんですか」
「俺の体内時計では午前9時」
「世界標準時間によれば午前11時です」
「ふーん」
さして興味がない。そう言うように溜息なのか返事なのかわからない声を出しながら彼は私の向かい側のデスクに座り、大きなあくびを一つ。
(ほんっと、調子が狂う)
彼の姿を視界の端で捉えながら、私は無意識のうちに頭を抱えるのだった。

彼のマネージャーになり2週間が経過した。
私なりに積極的にコミュニケーションを取り彼のことを理解しようとするも、今ひとつ彼が何を考えているのか、発する言葉のうちどこまでが本気でどこまでが冗談なのかを全く理解することができない。
まがりなりにも“王子”という肩書きを持つのだから、おとぎ話に出てくる王子のように、少しは紳士的な面を覗かせても良いのではないかとも思うのだが、元々彼の中にそんな気の利いた一面が存在していないのか、はたまたわざとやっているのか、いわゆる王子の悪いところだけを抽出した「俺様」なスタイルを突き通されっぱなしなのであった。

そんな、「問題」と「謎」という二つの要素のみで構成されているかに思える彼だが、この2週間共に過ごす中でわかったことは4つある。
たった4つ。しかし、今はこれだけでも充分な収穫だと言えるだろう。たかが4つ、されど4つだ。…本当は誰かにそう言って欲しいだけなのだが。

【1つ、果てしなく時間にルーズである。】

「早急に報告書書いてもらわないといけないから今日は9時に出社して下さいって昨日あれだけ言いましたよね?」
「ごめんごめん~でもちゃん、細かいこと気にして怒ってると皺増えるぜ?」
「……」
あんたのせいで全身皺だらけになりそうだわ、という暴言を吐き出しそうになったが必死で飲み込む。
今日に限ったことではない。彼が時間を守って撮影の現場に現れたことは、この2週間で一度もなかった。
全く、彼が遅刻する度に壊れた鳩時計の鳩のようにへこへこと多方面に頭を下げなくてはならない私の身にもなれという話である。

【2つ、私にちょっかいを出すことを生き甲斐にしているらしい。】

彼のルーズさに呆れながらも淡々とデスクワークをこなしていると、彼も漸く書類作成に取り掛かっていた。
その様子を確認し、ほっと一息吐く。
これで暫くは静かに仕事ができそうだ。それに、今からならまだ報告書の提出期限に間に合う。彼の集中力を信じよう。大丈夫、やればできる人だから――等と考えていると、

ちゃんさぁ、彼氏いないの?」
――耳を疑うような質問が飛んできた。

藪から棒にも限度というものがある。私は驚きのあまり、思わず手に持っていたファイルを落とす。
この人にデリカシーというものは無いのだろうか。それ以前に、なぜこのタイミングでそんなことを聞くのか。彼にとっては知った事ではないとは言え、あまりにもタイミングが悪すぎる。
不躾な質問への怒りに震え、散らばった書類をかき集めながら一蹴する。
「……答える義務はありません」
「いないんだ?チャーンス!」
「……」
「怒った?」
「……」
「ゆ、る、し、てっ」
「いいから手を動かして下さい!」
怒りのボルテージが最高値に達し大声を出す私に、「こわー」と口では言いながらも、彼は満面の笑みを浮かべる。
(完全に遊ばれている――)
しかし、こればかりはどう対処して良いのかわからない。対応マニュアルが欲しい。切実に。

【3つ、年齢問わずモテる。】

どれだけ強く願ったところでどこからともなく湧いて来るわけもない“ライアンの扱い方マニュアル”への熱い思いを私が捨て去ることに決めたのとほぼ同じタイミングで、「おつかれさま!」と底抜けに明るい声で挨拶をしながら、経理を担当している社員のエセルさんが部屋に入って来た。
よくしゃべりよく笑う人当たりの良い二児の母。
仕事でもプライベートでもよく相談に乗ってくれる、現在の私の唯一の心の支え的存在の人である。

ちゃんこの書類ね…って、あらぁ!今日ライアンちゃんも居たのね!」
「エセルさんおつかれ~」
ギィと音を立てて椅子の背にもたれかかり、伸びをするように大きく手を上げ挨拶をする。
そんな彼を見て「今日も元気ねぇ」とエセルさんは微笑み、ポケットから小さな包みを取り出した。
「ライアンちゃん、飴食べる?」
「おー!いるー!サンキュー!」
「ふふふ」

(子供か…)

飴をもらってへらっと笑う彼を一瞥し、私は立ち上がりエセルさんの元へと歩み寄る。
「お疲れ様です。えっと…この書類が、何ですか?」
「そうそう、この書類、部長から預かってきたから渡しに来たのよ~」
「わざわざすみません」
「いいのよぉ、気にしないで」
「あ、あの…それと、大変言いにくいんですが、一つ謝らないといけないことがあって…」
「あら、なぁに?」
俯きながらもごもごと話す私に、エセルさんは相変わらず明るいトーンで問いかけてくれる。
「こないだの出動の際にライアンが出した損害の報告書なんですけど、午前中に間に合いそうになくて…」

そう言いながらちらりと彼を見る。
視線がぶつかると――何を思ったかはわからないし一生わかりたくもないが、満面の笑みを浮かべてウインクを飛ばしてきた。
もう呆れるのを通り越して泣けてくる。大声を出して泣いてみたら少しは気持ちが楽になるだろうか。

「ああ、あれね。今日中なら大丈夫よ」
エセルさんの春の日差しのように穏やかな声で我に返る。
駄目だ。危うく意識を手放しそうになっていた。
「…ほんとですか!?すぐ書かせますので!ありがとうございます!」
「いーえ。ちゃんもライアンちゃんも忙しいから仕方ないわよ。じゃ、2人ともがんばって、仲良くね?」

最後の一言が気になるが、期限の延長を交渉することに成功し胸を撫で下ろす。
退室するエセルさんの背中に向けて今一度頭を下げながら、私は「さあ、書かせるぞ!」と鼻息を荒くしていた。

が――――
突如、静かな部屋に響き渡る、聞き覚えのある電子音。
(まさか―――)

そのまさかであった。
音源は他でもない、彼の左腕に装着されているPDAだった。
「…もしかして、鳴ってます?」
「おう。超鳴ってる」
恐る恐る尋ねる私に、慣れた手つきでPDAを操作して番組のプロデューサーと連絡を取りつつ、楽しげに答える。
(なんということだ……)
呆然と、彼とプロデューサーとのやり取りを見つめる。
どうやら会社近くの銀行で強盗事件が発生したとのことで、彼は早急に出動するよう画面の向こうから促されていた。

こんな事を言うのは間違っているし、批判されるのは確実。それでもなお、私は今声を大にしてこう言いたい。
“犯人、空気を読め”、と。

「じゃ、行ってくるわ」
状況把握を終えた彼は椅子から立ち上がり、左手を右肩にあて数度大きく回す。
気合い充分、と言ったところだろうか。
「か、帰ってきたらちゃんと報告書作成してもらいますからね?」
念押しする私にひらひらと手を振りながら彼は「ハイハイ」と答えると、足早に現場へと向かう。

【4つ、“ヒーロー”という仕事は好きらしい。】

部屋に1人残された私は深いため息をついた後、「やれるところまではやっておいてやるか」と彼のデスクの上にある書類を手に取る。
鬼になろうとするも、なりきれない。我ながら甘い。つくづくそう思う。
しかし、少年のような笑顔で現場へと向かう彼の姿を見ていると、何故だかそれまで抱いていた怒りの感情は消滅するから不思議だ。

(何なんだろうな、この人)

色々と思うところはあるが、とりあえず今は焦らずゆっくり、そして根気よく付き合っていこうか。
そう自分に言い聞かせつつ、私は自分のデスクへと向かった。