『犯人を確保したのは期待の新ヒーロー、ゴールデンライアンです!』
オフィスの片隅に置かれたテレビから聞こえてくる、底抜けに明るいリポーターの声に耳を傾けながら、黙々とキーボードを叩く。
『いやはや、今シーズンがスタートし1クールが経過しますが、まさに重力王子の独壇場と言った感じでしょうか』
自分が担当するヒーローを褒め称える言葉に、ついつい口元が緩む。
別に変な意味などない。
単純に、自社所属のヒーローが活躍し、人気が出ればその分だけ会社の株は上がる。これで喜ばない人間がどこにいようか――と、誰にするでもない言い訳を私は心の中で呟く。
テレビから垂れ流されるライアンへの賞賛の声と野次馬たちの歓声を聞きながら、大きく背伸びをし、ここで私は初めてテレビに視線を移した。
何台ものカメラにキメ顔で次々へと手を振る彼の姿を見て、「よーやるわ」と深い溜息を漏らす。
ものすごいプロ意識だ。彼のこの姿勢は悔しいが、一社会人として見習ってもいいかもしれないと最近は思うようになってきた。
私はちらりと腕時計を確認した後、デスクの端に置かれた電話を右手で取り操作をし、同時に左手でリモコンを取りテレビの音量を下げた。
数度のコール音の後、電話が繋がる。
相手は男性向けファッション誌の編集担当だった。
「…お世話になっております。です。すみません、さっきの事件で待って頂いていた例の取材ですが、このあと20時からお願いしても大丈夫ですか?これから現場に寄ってライアンを拾ってそのまま伺いますので……あ、はい、ありがとうございます!…………申し訳ございませんでした、ではまた後ほど。失礼いたします……」
よし、と心の中で気合いを入れ直し、手帳に書き込みをする。
取材と本業であるヒーロー業とを両立させるのは、本人にとってもそれをマネジメントする者にとってもなかなかどうして大変なものである。
今回の取材も、当初は今日の夕方予定されていたものだが、出動要請が入ったことにより相手を待たせる結果となってしまった。
各メディアも「本職が本職だから」と割り切って対応はしてくれるが、それでも一度取り付けた仕事の予定を再び組み直すのはかなり面倒であった。
私は記入を終えると手帳を閉じ、音量を最小値にまで下げたテレビに目を向ける。
事件現場を映していた画面が切り替わり、スタッフロールが流れ始めたことを確認し、私は再び電話を操作した。
今度は1コールで電話が繋がった。
「…お疲れ様でした、ライアンさん」
『おーちゃん!何!?わざわざ俺にお疲れ様コールしてくれてんの?カンゲキー』
「違います。お疲れのところ悪いんですけど、これから夕方できなかった雑誌の撮影に向かいますのでそのまま現場待機でお願いします。迎えに行くので」
『おいおい、可愛い顔に似合わずドSだなあ』
「これも立派なお仕事ですので」
『ハイハーイ』
「トランスポーターでシャワー浴びて待ってて下さい。写真の撮影もあるんで」
『先にシャワー浴びてろよ、ってか?』
「死んで下さい」
『わはっ!ジョーダンだよ!』
電話の向こうでけらけらと憎たらしく笑う彼の声を遮断するように電話を切る。
出会いから数ヶ月経ち、彼とのやりとりにも少しだけ慣れてきた。
いや、正確には、慣れてきたと必死に自分に言い聞かせることに決めていた。
「さてと、」
鞄に必要な物を詰め込み、点けっぱなしになっていたテレビを切ると、私は一仕事終えたばかりの重力王子の元へと向かう。
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「なあマネージャー、疲れてる俺にレモンの蜂蜜漬けの差し入れとか無いの?」
スタジオへと続く廊下を歩きながら、ライアンが暢気に言った。
「それはマネージャーはマネージャーでも他のマネージャーの仕事でしょうが」
「ナイスツッコミ!」
「馬鹿言ってないで早く行きますよ」
ぐっと親指を立てて見せる彼を睨むと「つめたーい」と言って口をとがらせた。
その後もぶつぶつと文句を言い続ける彼を徹底的に無視しながら重厚感のある指定されたスタジオの扉を開けると、私たちに気づいた担当者が「お待ちしておりました」と深々と頭を下げる。
「遅くなり申し訳ございませんでした」
慌ててこちらも45度の完璧な謝罪の角度でお辞儀をする。
「いえいえ、仕方ないですよ、不規則な仕事ですし」
「そう言って頂けると幸いです」
(よかった、感じの良い人で。)
今度またここからオファーがあったら最優先で対応させて頂こう。
そんなことを脳裏で考えつつ、『我ながら随分と逞しくなったよな』と、自身の成長をひしひしと感じていた。
「では、よろしくお願いしますね、ライアンさん」
担当者は私の背後であくびをするライアンに視線を移し、これからの予定を簡単に説明した後、数人のスタッフとメイクスペースへ向かう。
ひとまずは私の仕事はここで一区切りだ。あとはライアンにじゃんじゃん愛想を振りまいてもらうだけ。
スタジオの片隅に用意された待機用のパイプ椅子に腰掛け、出されたお茶を飲みながら、ちょっとしたパーティションで区切られた一角に座りヘアメイクを受ける彼の姿を眺める。
スタッフと談笑をしている様子だが、ここからでは何を話しているのかはわからない。
(ほんと、黙っていればいい男なのになあ)
テーブルに頬杖を付きながら、柄でもないことを一瞬でも考えてしまったことに驚く。
こんな馬鹿馬鹿しいことを考えてしまう程度に疲れてるということだろう。ここのところ残業が続いていたから仕方がない。
さて、今日は何時に帰れるだろうか。日付が変わるまでには帰りたいな。
私の視線に気づき、パーティションの間から手を振るライアンを見ながら、ただただ自宅のベッドのことだけを考える。