君を見つけてしまったから

#9


どの家庭にもひとつはありそうな、何の変哲もない長方形のお菓子の空き缶。蓋を開くと、中には何通もの手紙が入っている。封筒の色や厚さの違いはあれど、どれも宛てだった。
そのうちの一通を取り出したは丁寧な手つきで開け、中に入っている便箋に目を落とす。そこでは、自身が持つ、触れた物に変身できる『擬態』の能力を持つ少年が丁寧な字で悩みを綴っていた。

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オリエンタル系の父と母を持つはシュテルンビルトで生まれたが、10代のまだ少女とギリギリ呼べるくらいの年の頃、両親の仕事の都合で2年間だけふたりの故郷へと渡った。少年と文通を始めたのは、その頃である。
文通をしようと思ったきっかけは思い出せない。きっと暇つぶしとか、なんとなく面白そうだとか、折角異国に居るのだから自分が故郷だと思う地に住んでいる友人以外の人間と繋がってみたいとか、些細な理由だろう。
他にも何人かとやり取りをしたが、オリエンタルの文化に興味や憧れがあるという3つ下の少年との文通が一番長く続いたし、も楽しみにしていた。恋も、多分していた。
少年はよく、いつか自分の能力を活かしてヒーローになりたいが自信が無いと手紙の中で綴っていた。特に何も人に誇れるような物を持っていないと自負するにとって、少年の悩みや思いはくすぐったくも眩しくもあり、馴染みのない異国の地で過ごす時間の中で、密かに自分の心を支える糧にもなっていた。精神的に救ってくれた存在だった。
顔も声も知らない相手だからこそ言える想いや相談できることは存外多い。少年が誰にも打ち明けられない悩みを綴る一方で、も退屈な日々を憂う気持ちや少年を影ながら応援している旨をひたすら手紙に書いた。人を助ける事を夢見る大好きな彼を見習って、困っている人に自然と手を差し伸べるようにもなった。

けれども、楽しかったやり取りもきっかり2年で終わってしまう。
シュテルンビルトに帰国しても文通を続けたいという気持ちが無い事も無かったが、生活環境が変わる中で忙しくなってしまい、月に2、3度のやり取りが月に1度になっていったり、にも少年にもそれぞれ他に興味のある事が出来てしまったり、こちらも些細な理由が重なったからだ。10代の少年少女は大人が記憶している以上に忙しいし、興味のふり幅は今考えるとかなり広い物だから、致し方ないとは思う。新しい刺激的な記憶にどんどん上書きされ、そのうち文通をしていた事なんて、はすっかり忘れていくのだった。

しかし、忘れたことすら忘れていた古い記憶は数年後、突然掘り起こされる事となる。
が何気なく家でテレビを見ていた時。新しくシュテルンビルトのヒーローとしてデビューする事になった折紙サイクロンの能力が『擬態』だと紹介されているのを見て、嘗て同じ能力を持つ、ヒーローに憧れる少年と文通をしていた事を思い出したのだ。
はすぐに家中を探し、手紙を保管していた缶を見つける。それまですっかり忘れていたはずなのに、手紙を送りあっていた日々の事が、朧気ながら思い出された。
自分が知る彼が折紙サイクロンかどうか、真相はわからない。けれども彼との共通点があることから、「そうだったら良いな」という希望的観測で応援するようになった。その後、偶々縁あって彼の所属する企業に入社出来たときは(同一人物か確定したわけでは無いのにもかかわらず)人生最良の日だとも思った。

そして入社から数か月後、は遂にイワンと出会う。以前から社内で見掛け、独特な風貌が気になっていた存在。桜の木の下で砂まみれになりながら見知らぬ人を助ける自分を軽蔑する事無く、ごく当たり前に協力すると申し出てきた彼に、は心が大きく揺れるのを感じた。
思えば直感的な、運命的な物を感じていたのだろうか。俗に、一目惚れ(以前から認識はしていたので言い換えるならば二目惚れ)と呼ぶ物に近かった。
だから後日、彼の所属先と名前を知ったはその場で飛び上がりそうなほどの衝撃を受けた。
やはり少年は折紙サイクロンだった。その上、自分が心惹かれ始めた彼でもあった、と。
何とかその場は取り繕ってやり過ごしたが、偶然に偶然が重なり巡り合った事に、イワンが受付を去った後も長々と、驚きと嬉しさを噛み締めていた。
あまりにも運命的な出会いすぎて信じがたく、その後もまだ同姓同名の可能性を考える事があったが、ふたりで会っていた時に「急用が出来た」と血相を変えて去って行った事や、公園で市民の声を聞き俯いている姿を見て「そうだったら良いな」はやはり現実だと少しずつ確信していった。

昔好きだった顔も声も知らない男の子と、偶然知り合って惹かれるようになったイワン。
ふたりは同一人物だが、は別人のようだと考えていた。
大好きで心を支えて貰っていたけど、一度は忘れてしまった恋。
それを掘り起こして継続させているのではなく、あくまでも初めて会話をした日を起源として、会う度にアップデートされていく新しい恋を今はしている。
でも、あなたと手紙のやり取りをした時間は、一度忘れてしまっていたけど、私にとってかけがえのない物でした。
そう、一言伝えたかったが、イワンはの事を覚えていない様子だったこともあり、中々告げる勇気を出せずに居た。
だが、例え思い出してもらえなくても、やはりお礼が言いたいと思った。そして遂に伝える決心をし、約束をしたのだ。果たされることは無かったが。

先日の大きな事件が起きた時、は何もできない自分を恨むと同時に早くそれを伝えなかったことを心の底から悔やんだ。伝えていれば、あなたのことを知っていると伝えられていれば、連絡も取りもっと近くで励ましたり心配をしてあげたりできたのに。
将来について悩んでいる少年ではない。相変わらず悩み事は尽きないようだが、夢を確かに叶え、周りの目や自分の身を顧みず人の為に行動出来るイワンが、今のイワンが大好きだと手を取り目を見て伝えられたのに。
知っているのに知らない事になっている現実は、にとってこの上なく哀しくて苛立つ事だった。
自分への怒りと後悔をこのままにしておけない。そう思い、はペンを握った。
缶と一緒に保管されていた、当時使っていた便箋を使い、何日も何日もかけて。今までの事を全て、過去の恋と今の恋も含め、話せるところは手紙の中に詰め込んだ。

書き上げた手紙をどうやって渡すか迷ったが、クビになる事も覚悟した上で以前ビジターカードを発行してあげたヒーロー事業部の社員のデータを調べて直接掛け合い、花束と共に託すことにした。
が自分は折紙サイクロンを応援する者だと言うと彼は少し驚いた様子だったが、「彼を応援してくれる人が居るのは嬉しいから」と今回は内緒にすると承諾してくれた。それから、必ず本人の手に渡るようにすると。

事件から暫く経ち、冬の気配が街を彩り始めている。
イワンは既に動き回れるほどに回復し、じきに退院すると件の社員から聞いた。
贈った花束と思いのほか長くなってしまった手紙は無事に届いただろうか。読んで、もらえただろうか。
次、彼に会えたら、もう一度自分の口から気持ちを伝えよう。彼を知っていた事を黙っていた点についてどう思われているかを知るのは少し怖くて、逃げ出したくなるかもしれないが。一度は逃げてしまっても、絶対に。
あと、回復したのに連絡を寄越さない事については、こちらから文句のひとつも言ってやってもいいだろう。そのくらいの権利はきっとある。
白い息を吐き、そんな事を考えながら、今日も鳴らない電話を持っては仕事へと向かう。