待ちに待ったお昼休み。ランチボックスの蓋を開けようとしたまさにその瞬間、机上に置いた携帯電話がメールを受信したことを告げる。電話を手に取り受信ボックスを開き、見慣れた差出人の名前を捉えると私は思わず顔を綻ばせた。
『明日昼からフリーになったんだけど、夜ちゃん家に行ってもいい?』
差出人はライアンだった。
恐らくあちらも丁度昼休み中かもしくは移動中かのどちらかなのだろう。
勿論、ライアンからメールが来ること自体は別段珍しいことではないが、大抵は仕事に行く前の早朝か、もしくは仕事を終えた夕方以降に連絡が来ることが殆どであった。
そのため、私は何だか珍しいなと思いつつ、一旦昼食はお預けにして返事のメールを打つ。
『良いけど、事務仕事とかは?やらなくて大丈夫なの?』
と、ライアンの仕事の進捗を気遣う文面を簡単に作成し終え、送信ボタンを押そうとしたところで私はふと昨日の朝のやりとりを思い出した。
(もう俺のマネージャーじゃねーんだから、仕事についてそんな突っ込んで色々聞く必要、無くない?)
「…………うん……」
別に、彼は「仕事について余計な口出しをするな」と怒っていたわけではない。と、私は思っている。
怒ると言うよりかは、どちらかと言えば昔の仕事の癖が抜けず、少々気にしすぎな私に呆れていた。そういった方が正しい。
とは言っても昨日の今日だ。仕事の件について触れるのはやはりやめておこう。
相変わらずな自分に対する自嘲の意味を込めた苦笑いを浮かべ、私はメールを打ち直す。
『良いよ。6時には家に帰ってると思う。夕飯何が良い?』
(よしよし、これで良い。)
当たり障りの無い――恋人同士のやりとりに対してこの表現は如何なものかと思うが――返信をし、私はお預けになっていた昼食を摂る。
ふと視線を感じ顔を上げると、先ほどまでの百面相を見られていたのだろう。向かいのデスクに座りパンをかじっている同僚が何か意味ありげな笑みを浮かべ私を見ていた。
どこの職場にも、噂好きの女性社員は1人くらいは居るものだ。
私が何も言わず無表情のまま肩を竦めて見せると、彼女は何か納得したようにうんうんと頷き、それから読みかけだった雑誌に再び目を落とした。
そうこうしていると、私の携帯電話が鳴り、再びメールを受信したことを知らせる。
恐らくはライアンからの返信だろう。
しかしとりあえずは先に昼食だ。腹が減っては冷静な判断ができない。昔偉い人もそう言っていた。ような気がした。
昨日の夕飯の残り物を詰めた味気ない弁当を食べ終え、私は給湯室で食後のコーヒーを淹れながら先ほど受信したメールを確認する。
『りょーかい!肉!』
私がそれなりに悩みメールを作成したことなど知らずに寄越したであろう、その簡潔にも程がある彼からの返信メールに、私は何だか身体の力がすうっと抜けるような感覚に襲われた。
――いや、彼は何も悪くない。私が勝手に色々考えて、勝手に悩んでいたのだから。
そう自分に言い聞かせ、私はコーヒーの入ったマグカップと電話を持ち自分のデスクへと戻る。
間もなく午後の業務が始まる。
椅子に座りながら、私は手早く『はいはい。じゃあ明日ね』と簡単に返信をし、足下に置いた鞄に電話をしまった。
肉。うーん、肉かあ。何にするかなあ。
頬杖を付きちらりと明日の夕飯のメニューについて考えていると、例のお向かいさんに「さん、何か嬉しそうね?」と指摘され、私は自分がだらしない笑みを浮かべていたことに気づきハッとする。
「なんでもないです」と、やや震える声で否定をし、そして内心では、古くなったカセットテープのように気がだるだるに緩みきっている自分自身へ叱咤をしつつ、私は仕事に取りかかった。